これは観客の芸術に対する見方とか倫理観があぶり出される映画ではないでしょうか。ターの神がかった芸術家としての側面ははっきりと魅力的に描く一方で、プライベートの闇の部分はたくみに暗示されるだけななっています。そのため見る人によって受ける印象はかなり違ってきそうです。スタッフロールを最初に持ってくることであのラストシーン後に唐突に終わるのも、観客の心を整理させないうまい演出だと思いました。
私個人は、読解力の無さもあって暗示されていることの多くを理解できませんでした。それもあってか、正直ターがそれほどひどい人間に見えませんでした。ラストシーンもどちらかというと、改心して新たな出発というよりは、没落感の方を強く感じてしまいました。講義で生徒を言いくるめるシーンも言ってることは正しいよな、という印象でしたし、いじめっ子を脅迫するところもそれほど怖さがありませんでした。それよりも、明晰に音楽を語る姿や、高圧的だけどカリスマ性を感じるリハーサルシーン、ストイックに音楽に取り組む生活など、芸術家としてのポジティブな面に目がいきました。
でも鑑賞後にいろいろとレビューなどを目にして、その自分の感想にぞっとしました。分かりにくいシーンの解説をひととおり聞いた後に冷静に考えたら、ターのやっていることは本当にひどいし、傲慢だし、才能があるからと言って許されるはずがありません。芸術作品と芸術家の関係をどう考えるかという視点において、自分が無意識でどれだけ偏っているかを見せつけられた思いがしました。
そんなターを分かりやすいクズ人間でなく、二面性のある天才として成立させているのは、ケイト・ブランシェットの圧倒的な演技力です。まとっているオーラがすごすぎました。長い映画で登場人物も少ないですが、この演技だけで飽きずに最後まで見られるレベルです。
