骨折り損

TAR/ターの骨折り損のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0
これ、ちょっと前まで普通にシネコンでやってたよね?

信じられないんだけど。こんな前衛的な映画がアカデミー賞とか、シネコンとか、平然と大衆っぽい顔しているのが面白過ぎる。

鑑賞前は予告やらあらすじやら前評判から、『ブラックスワン』のような芸術に狂っていく天才の映画を想像していた。

しかし実際観終わってみると、そんな映画ではなかった。確かに人生を転落していく主人公の話ではあるが、その熱量や狂気で押し進める映画ではなかった。もっとシニカルで、どこか俯瞰的なシュールさを纏った作品だった。不思議なのは、全編を通して終始主人公のリディア・ターを映し続けているのだが、彼女の主観に寄り添う以上に、観客と彼女との間に明確に意図された距離感を感じ続けたことだ。演出意図に憎さを感じる。ターに共感する映画ではないという意志を強く感じた。これはあくまで、観客に向けたこの監督のいやらしさを満喫する映画だと思った。

そしてこの手法が過剰演出にならず、自然と観客に届けられたのは他でもないケイト・ブランシェットの熱演があってこそだ。本当に惹き込まれる芝居だった。ターが存在する、その事実をこちら側に信じ込ませるには泣いたり喚いたり、そんな分かりやすいことをしなくても、冒頭10分、リディア・ターとして淡々とインタビューに答えるその姿だけで十分だった。本当に上手い役者は、鑑賞中に芝居が上手いなんて思わない。だってその役として自然と見てしまっているから。映画が終わって、彼女が役者なんだと冷静になった時、なぜだか震えが止まらなかった。

2時間半、かなり没入して楽しめたのだが、問題はラストシーンだ。
みんなはどう思ったのだろう。僕は思わず唖然としてしまった。終わった直後は、頭が混乱したがしばらく考えていると、笑えてきた。真顔でカッコいい画を浴びせ続けたくせに、あのオチはなんだ。とんでもないな。いや、もしかしてこの監督、ずっとふざけてたのか。面白い人だ……。
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