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TAR/ターのxyuchanxのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.3
時の支配者。

実は本作、鑑賞後ひと月以上は経ってるのだけど、急激に仕事が忙しくなっているのと、適当にレビューしたくないので放置してしまっていました。

男性指揮者の映画として依頼されたのに、脚本・監督のトッド・フィールドがケイト・ブランシェットを主役として書いていい?と…我儘を言った結果うまれた奇跡の一本。これが男性指揮者を主役にした映画だったとしたら、この作品の深みは半減していただろう。

僕自身も十数年前に「コーヒー&シガレッツ」でのひとり二役を見て以来の熱烈ファンなのだが、もはや誰もが認める世界一の女優ケイト・ブランシェットが、世界一のカリスマ指揮者リディア・ターを演じたということだけで緊張感を感じる。

非常にシンプルな転落劇に見えるが、何重にも積み重なった複雑なストーリーで、価値観、歴史観、音楽史観、人種や性別などの視点や、観客の年代、細かい伏線に気がつけるか否かが大きく関わる。

・全てに完璧を求めるカリスマ、最高の地位を手に入れた自負
・冒頭のインタビューのひとことひとことが、全て伏線になっていた
・生徒のバッハ観への苛立ち、貧乏ゆすりを止める手
・時間と空間を支配するもの、エゴとハラスメント
・レズビアンであり”父親”を自称、娘を虐めた友達を完全にマウンティング
・若者が権力者に利用される構造は、おそらく自らも経験してきたこと
・「ベニスに死す」のヴィスコンティ
・オルガ役のキャラと演奏力、権威をものともせず利用する新世代
・虐げ、切り捨てたものたちの反逆による転落、幻覚と乱入
・実はスタテン島の貧乏な移民の家庭に生まれた普通の娘だった
・バーンスタインがクラシック音楽を大衆や若者に開いた姿に憧れた
・少女買春屋で自分がこれまでやってきたことを自覚
・ヘッドフォンを付けゲーム映像にリアルタイムでオケを同期させる指揮
・権力を奪われたものの転落した姿か、時への支配欲から解放された姿か

どんな組織にも、自分が全て正しく支配者であると過信している者はいるのだけど、彼らの多くは自らの弱みと闇に気付いていないか、無意識に目をつぶってしまっている。「項羽と劉邦」など多くの古典でも明らかなように、自らの弱みや、人の心の闇を、肝をすえて覗ける境地を越えてこそ、次の段階に進めるものなのだろう。

彼女はゲーム音楽を媒介に、バーンスタインと同じく、若者たちにクラシック音楽をひらく者になったのかもね。
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