トランティニャン

TAR/ターのトランティニャンのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0
序盤で、リディア・ターがバッハを嫌悪する学生を徹底的にやり込めるシーンが象徴的だ。人はアーティストに何を求めているのか。清廉潔白さや聖人君子ぶりではなく、素晴らしい作品のはずだ。にもかかわらず、私たちは作り手の人柄や物語を作品と同一視し、前景化させることで、時に非難し、時にそれをおかずにする。ひとたびキャンセルされれば作品と本人を切り離されることなく、闇に葬り去られてしまう。自分とてあの学生が体現しているものから逃れられているかといえばそうではない。

一つ気になるのは、彼女が抱えていた、マーラーの演奏と作曲という重いプレッシャーのことだ。彼女を心身ともに確実に蝕んでいたそれらが、物語の帰結に関係しているのか否かがよく分からないままにキャンセルが進んでしまう。プレッシャーがリディアの妄想を引き起こしたーーというありがちなストーリーにしているわけでもない。きっと、この騒動が無くとも彼女の仕事は上手く行かなかったであろうことは示唆されてはいるが、彼の地でそれらを成し遂げるエンディングにしてほしかった。