よしまる

TAR/ターのよしまるのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.2
よしまる2023年洋画ランキング同点の第5位はケイトブランシェット渾身の傑作。

と、あえて傑作と書いたのも、なにしろ観終わってからジワジワと来る余韻が凄い。

予備知識無しで観たのでてっきり実話ベースと思ったのだけれど、原作小説すらないまったくの映画オリジナル。しかも監督がケイトに当て書きしたとのことで、そりゃ親和性満点も頷ける。

男女差別を跳ね除けてベルリン・フィルの首席指揮者を務めるターが主人公。
冒頭、実際のドキュメンタリーをトレースしたかのようなリアルタッチで描かれるインタビューシーンがまず長い。なのに目が離せない。彼女のロジカルな受け答えには唸らされるし、語りのみでこんなに掴みの上手い映画も珍しい。

そんな導入部から次第に私生活や、教壇に立つ姿、実際に指揮を執るシーンへと進むと、おやおや、なんかこの人、おかしくない?...と、訝しむタイミングは観客によりけりかと思われるのがまた面白い。
ある人は男子生徒に突っかかる部分でイラっとするかもしれない。そこは味方出来ても、自殺した教え子のことを何故か隠蔽するかのような態度にはさすがに耐えかねたという人もいるだろう。

Xが無法地帯と化して、FacebookやThreadsにも正義感を振りかざすコメントやマウント合戦が日に日に増えている。
ターをそこいらの馬鹿な輩と一緒にするつもりは毛頭ないけれど、多くのことを知りすぎた努力家ゆえの苦悩、凡人には想像し難いプレッシャー、SNSなど無かった時代ならただ「天才」というだけで通り過ぎることができた人生だったかもしれないものを、こんな時代だからこそ幻影に悩まされ、躓き、壊れてゆく悲哀。

同性愛者であることが公然と許される時代になったからこそ、同性である教え子や秘書との確執がハラスメントや犯罪に直結する可能性。ターにとっては恐ろしく生きにくい世の中であると同時に、観ている我々もつい心のどこかで彼女を訝しみ、非難しようとしてはいまいか。

そんな難しい役どころを脚本による説明だとか明快な演出に頼ることなく、演技という形で提供してみせたケイトは本当に素晴らしい。

ラストの展開における表情もよく言えばその結末の意味するところを観客に委ねているということなのだろうけれど、裏を返せばそれだけ含みを持たせた、幅のある演技が出来ているということになる。

うーん、こうして色々と考えていくと結局その真意をもう一度確かめに行きたくなるよね??
はい、その時点で傑作。