ゆずっきーに

TAR/ターのゆずっきーにのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

知人が宣伝に関わっていたということで遅れ馳せながら鑑賞。
重苦しく、贅沢に、一人の女性指揮者の堕落を描いていくストーリー。『オープニング・ナイト』を彷彿させるような雰囲気を纏っていた。他者の死を端緒に狂っていく感じは共通点もあるか。

自殺してしまった若手指揮者のクリスタがターと恋人関係にあったという肝心なところを鑑賞中に読み解けず、己の理解力不足を嘆くなど。ターの下から離れたクリスタへの嫌がらせとして逆推薦メールを送っていたとは、なかなかターも嫌な奴だな。ただこれもそういう解釈ってだけかも?ターに本当に悪意があったのかはもう少し立ち止まって考えたい。
ラストはモンハンで締めるという超絶ビックリなオチで、鑑賞中は「おお!!お?お、おう終わりかあ…」といった感じ。しかしかつて世界トップを牽引していた指揮者が極東アジアの端っこで俺たちオタク向けにゲームソングを披露とは、実刑晒し上げ判決というか尊厳破壊もいいところというか、最高に皮肉が利いている。

キャンセルカルチャーを主題に据えた映画、と割り切ってしまう解釈は流石に短絡的過ぎるだろう。
権力、評価、欲望、そういった全てが綯い交ぜとなって一人の人間の絶頂と破滅を描く。終盤の売春宿でターは自らがしてきたあらゆる振る舞いのカウンターパンチを食らうことになる。隣人、妻、助手、いくつもの分水嶺の中で自らの体裁と欲望を優先し他者を置き去りにしてきたことへの結果がターに降りかかったとも言えるだろう。冒頭チェリストのスマホ画面、どう見てもターへのリスペクトなど底を尽いていることが明示された状態からターの輝かしい経歴紹介へと移行する物語の始まり方がオシャレ。というか伏線回収凄いな。若きチェリスト含め、大半の人間が社会的利害と人間関係への目配せのみでターと繋がっていたことが段々浮き彫りになってくる。養子を除いて。

なんというかター、思い入れや優しさの表出が下手っぴ過ぎるんだよな。彼女にとっては他者と距離を取ることそのものが他者への思いやりだったのではとも思料する。「お!ターの奴まだ拗ねてんなW」程度に受け止めてくれる対等以上の人間が一人でもいれば末路も違うものになってただろうに。ターの才覚とそれに紐づく権力性が対等な他者なる存在を許さず、剥き出しの加害性だけが彼女に付与された、、と。

さて、本作から我々が受け取るべき示唆は一体何であろうか?
ターの行いの殆どは“善きクリエイティブ”のためのものだった。副指揮者の解任、チェリストの抜擢。その傍らで捨て置いたものが彼女を破滅に導いたわけだが、捨て置かぬよう気を配っていたとして(つまり道徳的善人的な振る舞いをより多く採用していたとして)、ターはあれ程までの栄誉ある幸福に辿り着けただろうか。人間関係の柵と音楽のひいては人生のクオリティとの狭間で、前者に囚われることが本当に正しい生き方と言えるのだろうか?(極めて個人的には否。だからターには毅然としたエゴイストのまま幸せに生き続けていて欲しくもあった。少数意見である自覚はある。)
或いは翻って、性愛という人間のエゴの最たるものに囚われることへの警鐘か。チェリストもルックスが良いしな…。トイレでの邂逅とか上手い描写だった。男性指揮者に置き換えたら即座にヤバいと分かるだろうことが、レズビアンだから見えづらくなっているのかな。そこも制作サイドの意図ならば巧妙で賛辞を送るべき点。

撮り方については目を惹くものはあまり無かった一方鼻につくカットもなく、即ち普通に上手いんだろうなと。音響は言わずもがな圧倒的。音楽を主題に据えた映画なんだけど音楽ありきの脚本ではない、という意味でもクオリティが高いということなんだろう。
ケイト・ブランシェットが全編通してほぼ全てに映る撮り方も、ターという人物の内面に肉薄する手段として適当。

実にリッチな映画でした。オスカー獲ってもよかったんじゃないかな?でもちょっと難解めかしら。
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ちょっとだけ追記。
ネットで色んな方の考察読んでたらめちゃくちゃに良い指摘を見つけたので勝手ながら共有をば。
以下辰巳JUNK氏のnote記事(『TAR/ター』芸術に神はいない)より引用。
>
「ドン底」みたいに映された『モンスターハンター』だが、監督的にはそうでもないらしい。劇中「ナチス」という言葉が出てくるが、ヒトラーやムッソリーニによって追放された音楽家たちが「下等」扱いしながら作曲して土壌を築いたのがハリウッドの映画音楽。(…)では、今日の映画音楽がなにかというと、ゲーム音楽である。それこそ『モンハン』のテーマは、かつての『スターウォーズ』のように世界中の若年層に親しまれるニュークラシックだろう。追放されたターが指揮をとるラストこそ、オーケストラ式音楽芸術の未来なのだ。

すごい、、、自分まだまだ浅いっす!!!
タクトをそれでも手放さなかったターの執念に再び光が差すことを素直に願いたい。
ゆずっきーに

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