えいがうるふ

TAR/ターのえいがうるふのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
5.0
内容についての前情報をほとんど知らないまま観たので、ゴッホのように芸術家として純粋すぎる主人公の凡人には理解し難い内面の葛藤を描いた作品かと思っていた。まして、いかにも芸術作品でございという体で始まる冒頭からの流れはまさにその気配が濃厚で、クラシックに関して圧倒的に教養が足りない自分に果たして理解できる作品なのだろうかという不安がよぎった。しかし話が進むにつれそんな気高く崇高な存在とされるアーティストのぞっとするほど下卑た内面を俯瞰するというスリリングな展開になり、一気に引き込まれた。たいへん面白かった。

誰もが認める才能で自ら勝ち得た権力の頂点で、美しくも孤高な存在として君臨するTAR。そのキャラをまさに体現するような主演キャスティングが見事。これではノンケの私だって惚れてまう。が、あまりに分かりやすく権力を持った色好みの男性がやりそうなパワハラ・セクハラを平然となぞっていく主人公のキャラクターはなんとも強烈で、早々にドン引きさせられる。
男女を逆にすれば業界を問わずありふれた話、つまり恒常的に行われてきたであろう醜悪なその様を、こうした形で世に示し問うことが出来る時代になったのだなあと感慨深かった。

もともとあらゆる芸術家の作品とその人間性は別物と思っている自分には、類稀な主人公が持つ人としての強みと弱みの落差をこれでもかと際立たせて見せてくる本作がとても面白かった。
ジャンルに関わらず真の芸術家の多くはそうした偏った生き方しかできない人々なのだろうが、その在り方が世の中に受け入れられるかどうかは本人の努力次第というより時の運が大きい気がする。神と崇められるか、暴君と恐れられるか、狂人と蔑まれるか。まさにそのハイリスクハイリターン人生の光と影が鮮やかに描かれていた。

所詮どんな偉人や巨匠だって人間なのだ。凡人たる大衆はその人間性を責め地に貶めることで彼らも自分と同じ俗物だと安心するのかもしれないが、本物の天賦の才とは人間性如き(とあえて言ってしまうが)に吹き消されるほど弱い炎ではないのだろう。たとえ一度は燃えかすになろうとも決して消えず燻り続け、再び燃え上がらずにはいられない。そうであってほしい。

だからこそ、ただの破滅で終わらないラストの突拍子もない展開が最高だった(というか観客のモンハンコスプレへの気合いが半端なくて吹き出した)。なるほどそんなブルーオーシャンに目をつけるとは、やはり今の時代セルフプロデュース力も才能のうちだよな!なんて思ったり。
たとえ全てを失っても、原点に立ち返れば信じるもの(音楽)への揺るぎない情熱をもとに全くの新天地でイチからやり直すことができる。それしかないし、それさえあればいいという潔さが清々しかった。

全編を通じ温かみがほぼ一切感じられない彩度を抑えた絵の中で、良くも悪くも観るものを惹きつけてやまない主演ケイト・ブランシェットの鬼気迫る演技が素晴らしく、長尺が全く気にならなかった。今後何度も観返すことになりそうだ。