#twcn
『あなたの神がなにであれ音楽のソレはモリコーネだ』
という言葉が超しっくりきた。
ちょっと出てる人が多すぎて誰が言ってたのか忘れたんですけど。
エンリオ・モリコーネ。
その名を知らなくともそのメロディが鳴れば知らないひとはいないと言っても過言ではない。
少なくともFilmarksユーザーは知らなくないと思う。
映画を観る時、音楽と効果音の力は偉大だ。
イメージがそのまま残るから。
ただモリコーネ自身が音楽学校出身のトランペット奏者のため説明がクラシック音楽と譜面に基づいているため、きちんと学んだ方が観るととても面白いのでは?!
ジョン・ウィリアムズが来日する春、ハンス・ジマーが引退する春…そしてモリコーネが亡くなって3度目の春。
映画内でも皆さん口にしていますが我々が学校でモーツァルトやベートーヴェンを学ぶように200年後に学校で"Ennio Morricone"を学ぶことになるでしょう。
歴史上の人物。
神、ですからね。
あんなにIMDbのページタップしたの生まれて初めてだよ!!
どんだけだよ!!
ちなみにみんなセルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネが小学校の同級生って知ってた⁈
なんなんそのめっちゃいい話。゚(゚´Д`゚)゚。
この映画の面白いというか不思議なところはなにより『話が伝わる』ことに尽きる。
モリコーネは論理的な人です。
話しているのはイタリア語です。
そして我々の世代より少し昔の映画の話が多いです。
なのになんこんなにちゃんと頭に浮かぶの?!
話がわかるの?!
結構専門的な製作手法や音楽的・映画的考え方の話をしてるのに感情というものは不思議で…
その根本には皆が同じimageを抱く光景、音楽、ストーリーが存在するからではないか??
映画に対する感想や映画を観た想い出は人それぞれ。
しかし、その瞬間に感じたあの感情…
これから起こることにドキドキし、胸は躍り、高鳴り、そして身体は揺れる。
あの瞬間に鳴るギター、ピアノ、トランペット、歌声…
そして作曲家側から語られる映画とは?
モリコーネ自身より『この映画に音楽はいらない。このままで完璧だ』と言わしめた"ミッション"
監督と音楽家双方にとってのチャレンジになり出来も悪くないが儲からなかった"1900"
1960〜70年代のイタリア映画とウエスタン映画にほとんど関わっていたと言っても過言ではない。
("Spaghetti western"と言われていましたがこの言い方は好きではない)
"ニュー・シネマ・パラダイス"の脚本を読み仕事を引き受けたモリコーネが『シチリア舞踊音楽は入れるのか?』と聞かれ『そこまで考えてなかった』とキョトンとする本作監督トレナトーレ。
わたしトレナトーレって初めて見たと思うんですけどインテリっぽい落ち着いた方ですね。
そして2010年代になって懐古的ではないウエスタン映画に起用した"ヘイトフル・エイト"
映画に関わる話が主ですがきちんとモリコーネの生い立ちについても本人が語ります。
トランペット奏者だった父。
父の指示の元音楽学校へ入学した幼少期。
ローマの音楽学校のカースト、師と仰ぐマエストロに一定評価されていたがそれでも…のこの時の話難しいよね。
同級生のひとが言ってたけど『こいつヤバイ』ってひとがみんな大成するわけじゃないしクラシック音楽という所謂権威的なイメージを持ってしまうその他の皆さんからしたら『映画音楽なんて』なんでしょうなぁ。
しかしその映画というコンテンツが可能性と昇華を経て、音楽が大衆性を得る時代にバッチリハマったわけですね!
2023年現在、映画は消費の段階に突入しているので文脈はこれからも変わっていくでしょう。
しかし過去の映画も映画音楽も映画音楽の歴史も神も変わらない。
なんかめちゃくちゃ感動した!!
音楽と映画の可能性を語るモリコーネに感動しあの場面あのシーンあのひとの言葉ならドバーって涙が。゚(゚´Д`゚)゚。
映画館で観てよかった!!
名言集
モリコーネ
グリッフィの『ある夕食のテーブル』の音楽は最初は気に入らなかった。するとグリッフィから『狂ってる』と。グリッフィは正しかった。自分が書いた曲に的確な判断は下せない。
新
日本語字幕:松浦 美菜
字幕監修:前島 秀国