寝木裕和

彼女のいない部屋の寝木裕和のレビュー・感想・評価

彼女のいない部屋(2021年製作の映画)
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まず、大切なものを失ったときの絶望と、それを乗り越えていこうと決意した者の清々しいまでの横顔を、かくも美しい描き方をしてみせたこの作品に出会えたことに、感動している。

まるで、辿々しくメロディを手繰っていたピアノの旋律が、少しずつ成熟した力強いメロディに昇華していくような。そう、この映画の中でたびたび登場する、少女の演奏シーンをそのまま彷彿させるようなのだ。

真に美しいもの…には、とても困難な、究極的な痛みを経てきたからこそ、それを携えうる…、という場合が往々にしてある。

この作品の最後で見せる、主人公クラリスの微笑まじりの横顔は、まさにそういった意味での真の美しさがある。毅然たる決意を胸に抱いた者ゆえの。

余談だが、この映画を観て、平田俊子さんの「富士山」という詩を思い出した。

もう、会うことのない、大切な人との永遠の別離を、富士山という、誰もが知っている唯一無二なものに例えた詩だ。

どちらも、心の底から苦しい、大切な者の喪失を、こんな類型を破る手法で描写するのだと驚きつつ、物語の末尾に至ると落涙を禁じえないような気持ちにさせてくれる。

素晴らしい芸術とは、トリックや謎解き的テクニックのひけらかしとは一線を画すのだと痛感した。
寝木裕和

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