TaiRa

ケイコ 目を澄ませてのTaiRaのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
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ボクシングの映画でも聾者の映画でもなく、ケイコという人間の生きっぷりを見せる映画で感動した。

三宅唱の映画で音楽がかからないのは意外だったけど、今までで一番音楽的とも言える。ジムで鳴る音の集積で奏でられる音楽。ロープの刻む音、ミット打ちの打撃音が心地よく鳴る。リズミカルな音によって文字通りビート“の”ミュージックが発生する。音のない主人公に寄り添っている内に自然と音に敏感になる観客の習性を利用してあらゆる音を聞かせていた。手話も翻訳字幕も工夫があって、手話それ自体を見せる時と情報として流す時で画面への出し方を使い分ける。映画の原始を感じさせながら頭でっかちにしない。唯一の劇中音楽がイーストウッドばりのギターポロロンソングで最高だし回想モンタージュは泣ける。ここで日誌を読み上げる人物もちゃんと主人公以外にしてる。主人公の声を聞かせる回数とタイミングも正しいと思う。物語はどんどん沈んでいくのに、最後にはこの上なく爽やかに生きる希望を与えちゃうんだから凄い。全てが終わっても、すっくと立ち上がって真っ直ぐ生きる人間の図太さが尊い。岸井ゆきのは強そうにも弱そうにも見えて見事だった。三浦友和はとにかく素晴らしい。彼の被る赤い帽子がトニー・スコットを想起させてまた泣ける。死に行く命を奮起させることが果たして他者に出来るのか、誠実に考えた映画だった。
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