ペコリンゴ

ケイコ 目を澄ませてのペコリンゴのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
4.1
記録。
傷ついても前を向く美しいひと

聴覚障害を持ちながらプロボクサーとして活躍した小笠原恵子の自伝『負けないで!』を原案とするヒューマンドラマ。

心と感覚に訴えてくる映画です。

ボクサーを主役に据えた映画ではあるものの、小笠原恵子をモデルとする小河ケイコ(岸井ゆきの)の日常を切り取ったようなストーリーは劇的ではあらず寧ろ地味。

そこにはスポ根的な熱さはほぼ無く、
これが一般的なボクシング映画と一線を画す作品である事は未だ『ロッキー』すら観てない僕にも分かります。

ケイコは生まれながらに両耳が聞こえない。
劇伴は無く、セリフも多い訳ではない。
ケイコに至っては「はい」が唯一のセリフ。

その一方で、この映画は日常に溢れる「音」をこれでもかと強調します。

例えば『コーダ あいのうた』で見られたミュート演出とは対照的ですが、音が無い世界に生きるケイコの感覚や心情を意識せざるを得ない素晴らしい演出。

また、16mmフィルムで撮影された映像のザラついた粒子感は良い意味で古臭く、懐かしくもあり、そして何より美しい。

本作のロケーションはほぼ全てが何気ない今ある日常の景色ですが、それがこれ程までに美しいと思える感覚に新鮮さを覚えました。

そんな音と映象の巧みさの上に溶け込むはやはりケイコに扮する岸井ゆきの。

彼女が魅せるのは強さと弱さが共存する、等身大の女性の生き方。時に寂しさを感じ、時に熱せられ、時に温かい気持ちになります。きっと難しい役どころだったとでしょう。この役は彼女以外に務まらないとさえ思いました。

ジムの会長役の三浦友和、ケイコの弟役の佐藤緋美(浅野忠信とCHARAの息子)始め助演陣も皆良かったです。

ケイコの生き様を通して
必ずしも優しくないこの世界、それでも確かに存在する美しさ・温かみ。そんな普遍的な光を見た気がする作品でした。