ノストロモ

ケイコ 目を澄ませてのノストロモのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
3.8
16mmの粗い質感に古びたジムの緑色の壁、グローブの赤、時折映る主人公のマニキュアが映える。主人公の日々の生活とその心模様を中心としながら小さなもの、ささやかなものどもを丁寧に捕捉しつつ、しかし淡々と通り過ぎていくそのつくりは決してユーザーフレンドリーとは言えないが、代わりにあらゆる説明過多にありがちな嘘くささ、ご都合主義の違和感は一切排され、何もかもが予めそこにあったかのように馴染んでいる。
そして聞こえない者の映画であるからこそだろうか、映像同様に劇中にある様々な「音」への拘りもあらゆる場面から感じられる。特にボクシングジム。ミット打ちの演舞のような爽快感、鈍い打撃音と共にゆらりとせり上がるサンドバッグのすぐ横では縄跳びがせわしなく床をこすっていき、鏡に向かいシャドーをする者の足運びにも心地よいリズムがある。
そしてこれら全て主人公には感受されないのだと気付くとき、でもなぜか、彼女の孤独よりも先にこのジムへの彼女の愛着の深さに観る者は共感する。自然とそんな風に思わせるところに、本作の妙味はあるのかもしれない。
情緒豊かな下町の雑踏風景とその音のみが流れるエンドロールも、普段大袈裟な主題歌がここぞとばかりに流れるしきたりに辟易としている身には非常にありがたかったし、豊かな終幕だったと思う。

ボクシングを題材としながら試合や勝ち負けの部分に重きを置いているわけでなく地味な作品だが、登場する全ての人物や景色、瞬間に確かな血の通った傑作。ジムの若頭役である三浦誠己や会長役の友和もよかったが、やはり主演の岸井ゆきのさん、めちゃくちゃ素晴らしかった。
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