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ケイコ 目を澄ませてのhoshのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
4.3
ろう者のボクサー、ケイコの生活を16mmフィルムで描きだす。三宅唱監督作品。

会長とケイコが2人で鏡に向かってシャドーするシーンの美しさに胸を打たれた。小説や言葉じゃ描写できない映像の、映画のポエム、感覚的感動が画面に溢れていて。2人がそこにいて、動作をする。それだけで他は何もいらない。画面をただ見つめてるだけ。なのにこの感動はなにか。

思えばこの作品は序盤のミット打ちのバンバン、バン、バンという音とリズムによって世界が立ち上がるところから始まっている。一貫して運動と音(空気の振動) っていう映画でしか描写できないものを軸に話が進んでいた。

ケイコという存在がただそこに「ある」こと。実存を写し取るという点での映画。コロナ禍の2020年の東京の空気感を封じ込めている時代のタイムカプセル、記録媒体としての映画。他者の視点になって世界を見つめるものとしての映画。一件平凡な生活の中に微細で豊かなドラマを見いだし物語として機能させる虚構としての映画。様々な角度が入り交じっている。でもシンプルに「映画」だったなあ。本当に。贅沢だった。

劇場を出てから東京の街を歩いていると喧騒の情報量の多さと雑多さ、豊かさに驚かされた。けれどこの感覚をケイコは知りえないんですよね。でも逆に手話で掌で会話するケイコたちの身体表現の世界もまた私たちは知りえない。

余談だけど、三宅監督の商業用作品の流れだと『きみの鳥はうたえる』の次回作というよりは、コロナ禍に撮影された星野源『折り合い』のMVの色の方が強かったな。フィルムの暖色や電車の使い方や光の切り取り方に共通点が見られた。
細やかな生活に豊かな色味を与える、という作風も共通しているが、今作の方がだいぶストイック。『きみの~』のような良い意味でのチャラさ、ポップさを残した新作もまた見たい。
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