Blake1757

ケイコ 目を澄ませてのBlake1757のレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
5.0
説明を丁寧にそぎ落とし、その上で研ぎ澄まされた映像と音響によって織り上げられた、端的に言って私がとても好きなタイプの映画だった。

本作は、聾者のボクサーを主人公とする映画だが、いわゆる「ボクシング映画」ではない。ケイコという名のボクサーを主人公とする映画ではあるのだが、たとえば『ロッキー』のような、試合の勝敗そのものをメインプロットとしている映画ではない。

さらに蛇足を承知で言えば、この映画は、障がいを抱えた方がそのハンディを克服して自己実現を果たすといった類の映画でもない。耳が聞こえないことは主人公であるケイコ(岸井ゆきの)の決定的な特徴ではあるが、そのことはこの映画にとって決定的に不可欠な要素ではないようにさえ思われる。あるいは、もう少し穏当に言い換えるならば、この映画は、そのような「ハンディキャップの克服(のための努力)」を強調するシナリオ作りや演出をしていないということであり、そのスタンスが、この映画を傑作たらしめている要因の一つであることには疑いがない。

この映画で私が強く胸を揺さぶられたショット(あるいはシーン)を、特に3つ選ぶならば、まず一つ目はケイコと会長の鏡の前でのシャドーボクシングである。
もう一つは、ケイコとその弟とそのガールフレンドが、夜、屋外でシャドーボクシングしてから、ガールフレンドがごく自然にダンスを始めるシーン。
そして、三つ目は、終幕近くのケイコとトレーナーとの、リング上でのミット打ちを映した、長回しのショットだ。

上で、「この映画はボクシング映画ではない」と書きはしたものの、私の目と心に焼き付いたショットの多くは、「ボクシング」(あるいは「ボクサー」)が映されていたショットだった。

批評家の蓮實重彦は、著書『ショットとは何か』の中で、「映画は『撮影の映画』と『演出の映画』に二分できる」といったことを述べているが、その言に従えば、本作は惑うことなき「撮影の映画」なのだと感じた。

(2023年1月に日本語字幕付を京成ローザでリピート観賞)
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