eiganoTOKO

赤いアニンシー; あるいはいまだに揺れるベルリンの壁をつま先で歩くのeiganoTOKOのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

そもそもスパイってどんだけ格好よかろうとも国家の犬なわけですから、「女らしい」「男らしい」声をかえるプロパガンダとスパイというのはどちらも滑稽な演者ともいえる。(トランスジェンダーのかたは声がコンプレックスだったり、トランス女性が映画内でわざと声を低くされたりした歴史があり、色々と悩みや差別がある状態なのでそれ自体を「滑稽」と言っているわけではなく、〇〇らしく吹き替えをするタイ映画のプロパガンダのことを指してる)

トランスジェンダーは職業差別を受けやすいため、特殊な職に就くことも多い。
ホルモンを打てずに困窮する人にレストラン開業をちらつかせる国の汚いやり方よ…。
そのようなスパイ役をジェンダーを越境するクイアに配役するアイデア事態、実によく考えられている。

作られたジェンダー。本質的な女や男なんてのは幻想であり、パフォーマティビティによりジェンダーはゆらいでいく。
そうして国家についても、固定された性別についても幻想であると、トランスすることを、先鋭的に問いかける作品。反国家としてこんなに面白い見せ方ができるとはおそろしい手腕。


黒人男性のジョンについても心配になるような攻めた配役。
アン「二人の関係は歴史の事故だった」
ジョン「事故は衝突のこと 互いのモノをくわえ 愛を交わすことは事故じゃない
二人の愛は偽りだったんだ…」
何人設定なのかはわからないけど、情報の側面で西欧化、植民地化されていたと語る監督の意図が非常によくわかるやり取り。

何気に日本がしれっと昭和天皇が裁かれなかったこと、天皇制を続けてることを皮肉っているのも最高で、まさにいま我々日本人は「名誉白人」化され、情報のアメリカ化の只中。世界全体に横たわるポストコロニアル状況。

しかも天皇制を続けた理由が冷戦が始まり、共産主義から日本を守ると考えられたって鋭すぎるぞ。くそジャパンの考えそうなことだ。
社会主義国家も失敗したが、コミュニズムはまだ可能性あるからな。

「自分の声の使い方を学ぶセミナー」も、自己啓発としてむちゃくちゃポリコレ踏みつけてるんだけど、
講師が
「自分の声を聞きましょう、美しくなくてショックを受けるかもだけど、その考えを変えて欲しいの、偽りない個性だもの。愛について語りましょう」
っていうくせに、
ゲイの人がSEXについて話をし始めたら急に「なぜそんな話を?この場にふさわしくないわ。」とかのたまって取り乱すの笑いすぎてお腹痛い。
参加者の一部も、「まあ!」みたいな顔してて、ほんとおかしい。
似非リベラルを馬鹿にしてて痛快だよ。
一見良さげなこと言う人でも、その愛は違うとか平気で差別したりするからね。

だけど、単に馬鹿にし続けるアイロニー作品でもなくて、欠点だらけという本当の声を出し始めたアンインシーになんかちょっと泣いちゃったよ。
その声を聞いて、君に合ってるよっていうジットもすきだー!!!

ひとつ注意点としては、トランスジェンダー女性は元男だ、みたいな強調が差別につながっている歴史があって、それをかなりすっ飛ばしてよりラディカルなクイア性を表現しているため、この描き方はきつい…と傷つく当事者の方もおられると思います。
ポリコレというのは一応のセーフティ表現を作る役割があるので、すっ飛ばさないで欲しい人もいるはず。
個人的にはPCは差別を残すと思っている派なので、ルールをトランスした表現の方が普遍的な平等が描けると思うけど、日本みたいにジェンダー理解が遅れてる国だとそのような批判があっても仕方ないかなと思います。

補足としてカトゥーイというジェンダーについては、トランス女性というだけでなく、女性的なゲイも含まれるよう。
侮蔑的なニュアンスもあるとのことなので、タイと日本でもやはりジェンダーのカテゴリーは様々。
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