くまちゃん

マイ・ブロークン・マリコのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

マイ・ブロークン・マリコ(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

原作者平庫ワカは宮崎駿や井上雄彦バンド・デシネ、グラフィックノベル等の幅広いジャンルから強く影響を受けている。
それは語らせすぎない、絵を映像として魅せる作風に繋がり、結果として映画のような性質を持つ漫画という大人向けな作品に仕上がっている。画作りや、カット割り、プロットなどに映画的エッセンスが顕著。

原作は約150ページと短く、4話にまとめられており、映画の上映時間も85分と原作に順応した良心的な時間設定に感心する。
故に、疾走感が強調され、中弛みすることなく観る事ができる。

主人公シイノはTVのニュースで友人が亡くなったことを知る。
メディアを通して間接的に認知することで、友人マリコの死に対して現実感がわかない。焼かれて小さくまとまったマリコと旅に出て、過去と現在を往来しながら徐々に起こってしまった現実として受け入れていくシイノの機微。

シイノがマリコの父親に包丁を突きつけ啖呵を切る際、マリコの姿が重なる。
いや、啖呵を切っている途中から一瞬マリコの声がシンクロする演出がうまい。

シイノがマリコの骨箱を抱いたまま、夜道で号泣する場面。原作では顔を覆っていた手を離すと、涙と鼻水で顔も手もぐちゃぐちゃに汚れているが、今作でも忠実に再現されていた。
むしろデフォルメされた原作よりも映画の方が、街灯に照らされ、煌めいている鼻水がより生々しくシイノの感情を表しているように見える。
役者の綺麗な顔を体液で汚す。それが本人のものなのか演出として用意された液体なのかは別として、そこに制作スタッフとキャスト陣の今作に賭ける覚悟と矜持を感じる。

無駄のない原作の行間を埋めるような場面の挿入が、より作品を立体的に浮かび上がらせている。例えば、マリコの実家に行く前に自殺現場となったアパートを尋ねたり、痴漢逮捕の件で警察署にいたり、無断欠勤後の職場の反応が描かれていたりと、読者が少なからず気になったであろう部分が補填されていた。
ブラック企業だと開き直る上司と、労働基準監督署についてググるシイノ。

まりがおか岬のマキオは独特の雰囲気を持つ。無一文になったシイノへ損得無しに手を差し伸べ、含蓄ある言葉をかけ、半年前に崖から飛び降りたことを告白する。
まるで人々を救済し、焼かれてなお復活を遂げたキリストのようだ。
会えない人に会うには自分が生きるしかないと彼は言う。マキオが飛んだ理由は明言されないが、もしかすると自身の大切な人と会えなくなったからなのかもしれない。
骨箱を持つシイノに自身を重ねたのではないか。だからこそ骨箱の側で待っていてくれたのではないだろうか。

シイノと友人マリコに、永野芽郁とプライベートでも仲の良い奈緒をキャスティングする事でお互いより、役に共感しやすかったように思う。だからこそ真に迫る心震わせる演技が出来る。
奈緒は陰のある、闇を抱えた女性を演じるのがうまい。今までの役の傾向からあまり幸せになれていない気がするが。
永野芽郁は自身のパブリックイメージからの脱却と役者として次のステージに駆け上がったように見える。
正直、ワイルドなシイノと柔らかい雰囲気の永野芽郁が中々結びつかなかった。
しかし、今作を鑑賞すると紛れもなくシイノそのものがソコに居た。男のような話し言葉と、ガニ股で紫煙を燻らすその姿、流石喫煙習慣で役作りしただけのことはある。全てが板についている。
普段と役とのギャップ。綾瀬はるかを彷彿とさせるものがあった。

シイノとマリコの関係性は視点によっては恋人のようにも見える。二人に恋愛感情があったのかどうか。作者は感情はグラデーションのためあったかもしれないしそういう側面だけではないのかもしれないと言及している。
ラストの手紙にはなんと書いてあったのか。作者自身内容がわからず、かつ、自身が余韻を与える作品を好むためあえてぼかした。
つまり原作を読んで、映画を観て、読者と観客に考えさせる部分は計算的に造られた場面であることが伺える。

今作はシイノとマリコの孤独を描いている。マリコは日常的に暴力を振るわれていた。虐待に起因する自己肯定感の低さ、良い子でいようとする洗脳的な健気さ、昨今の虐待事件を連想させるほどリアルで生々しい。
しかもシイノ目線なため断片的にしかわからない。
それを助けることの出来ないシイノ。
シイノ自身親が離婚し、中高生から喫煙し、さらには夜道を散歩しているという証言から、家庭環境が円満とは言い難いのではないだろうか。詳細はないが、彼女もまた孤独であり、彼女にはマリコしかいなかった。マリコの味方でいることがシイノ自身のアイデンティティだったのではないか。
つまり今作はそれを失ったシイノは自分自身を見つめ直し、自分の存在意義を見つけるための物語なのだ。

疾走感とリアリティに富み、ハードボイルドでロックな作品世界を見事に映像に落とし込んだタナダユキ監督の手腕に脱帽するしかない。
モノローグの多さや、マリコの実家を尋ねた際の嘘泣き演技等、漫画的な部分は少々ノイズに感じるが、それを忘れるほどの爽快感が今作にはあるのだ。

Theピーズがうたう主題歌「生きのばし」も作品世界にマッチしエンディングを盛り上げている。

今作は間違いなく世界に通じる作品と言っても過言ではなかろう。
くまちゃん

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