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小説家の映画のumisodachiのレビュー・感想・評価

小説家の映画(2022年製作の映画)
3.9


ホン・サンス監督最新作。

『あなたの顔の前に』(前作)が素晴らしかったので、今作も期待を胸に鑑賞。

有名な小説家のジュニは、ここ数年新作を出していない。ソウルから離れた場所に人知れず移り住んだ後輩を訪ねたジュニは、そこで既知の映画監督夫婦と遭遇。彼らを通じて、今度は女優のギルスに出会う。ギルスもしばらく表舞台から遠ざかっていたのだが、ジュニは彼女を主演にして映画を撮りたいと唐突に思いつき……。

後輩が営んでいる本屋のようなカフェのような場所にジュニが入ると、後輩がアルバイトの子を叱責している声が聞こえる。いったんその場を離れて待つジュニの元にやってきた後輩は、「え、さっき怒鳴ってた人と同一人物?」と思うほど落ち着いた感じの女性だった。それから、ジュニはいろいろな人たちとなんでもないような会話を紡いでいく。

話している途中で明らかになる過去もあれば、よくわからないままのものもある。ジュニは相手によって感じが良かったり悪かったり、ときにはかなり怒ったりする。基本的にはその会話自体を味わう作品であり、ストーリーらしいストーリーはあまりない。

スランプに陥ってどこかイラついているようなジュニに対して、一線から退いて陶芸家の夫と暮らしているギルスは吹っ切れたような明るい雰囲気。柔らかく自由に輝くギルスに、ジュニは強烈に惹かれていく。ギルスを演じるのはキム・ミニなわけで、ジュニが「ギルスを撮る映画をつくりたい」という動機と行動は、そのまま実生活でキム・ミニと複雑なパートナー関係にあるホン・サンスの動機と行動に接続するわけだが、それを隠そうともしない堂々とした終盤の仕掛けにちょっと驚き、呆れ、脱帽してしまった笑 だって、キム・ミニめちゃくちゃ魅力的なんだもの。「彼女を世界一魅力的に撮れるのは俺だ」と高らかに宣言しているんだもの明らかに。

ただ、あくまで本作はフィクション。作中でギルスと絆を持つのはジュニであり、そこには確実にシスターフッドがある。後輩の元で働くバイトの子の薄っぺらい賛辞も、映画監督の迂闊な発言も、詩人のちょっとねっとりとしたウザ絡みも、鼻で笑ったり軽く反撃したりして蹴散らしていくジュニ。彼女のリスペクトと情熱をまっすぐに受け止めるギルス。互いを尊敬し合う者たちが生み出すケミストリーを、観客は目撃する。ガラスの向こうから見つめていたあの少女と同じように。
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