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ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュのきのレビュー・感想・評価

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第72回ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演俳優賞/脚本賞)作品。『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(2018)のアンドレアス・ドレーゼン監督。米国9・11テロから20年以上が経過した今、グアンタナモ収容所のことを覚えている人はどれぐらいいるのだろう。『モーリタニアン 黒塗りの記録』が2021年だから、これをきっかけにまた調べたりした人もいるかもしれない。ドレーゼン監督は、無実の罪で5年もの間グアンタナモに収監されたムラート・クルナス本人の著作の映画化を計画するも、あまりにも悲惨な内容でどうしようかと思っていたときに、ムラートの母ラビエの天真爛漫なキャラクターに魅せられて、彼女を主役に据えようと思ったらしい。『モーリタニアン』とはまたちがうアプローチとなっていた。2001年から2006年までのムラート解放・家族との再会までを母親目線で描き、市井の人々が「正義」という名の下に敷かれた超大国の権威と戦うことの難しさや長い時のなかで待つことしかできることがない虚しさを強調していた。感情的な面をクロースアップするために「DAY1」からはじまる日付のテロップが焦りと日常的になった深い悲しみを演出しているように思えた。といいつつ、扱っている題材そのもののシリアスさで身構えていると、弾けるバイタリティと図々しさを持つラビエと彼女の相棒となる堅物な人権派弁護士ドッケのデコボコ感がコミカルで騒々しい作風へと導き、ところどころで笑いを誘う。

ツインタワー襲撃後のブッシュ大統領の演説と、アンゲラ・メンケル首相就任後の演説が大事な箇所でテレビ映像として差し込まれる。ブッシュは反テロ対策の不正義であり、メンケルは、前ドイツ政権の間違いを正した賞賛に値する人物だということだろうか。本編のほとんどは政治的な事情があまり挟まれず、法のブラックホールに取り込まれてしまったムラートを救う劇的な方法もないままただただ耐え忍び待つ時間を過ごす母親のキャラクターによって物語が進んでいくので、寄り添いやすい部分を優先したというふうに見えた。それが、時折ジャーナリストの口から発せられる「テロリストなのに擁護するのか」という言葉に対する抵抗として機能しているように思える。
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