【客観的に考えられますか?と問いかけられているような気がする作品】
主人公ラビエ・クルナスの明るく、基本的には前向きな人柄からなのか、重いテーマを扱っているけれども、どこかコメディ感もあって、最初は面食らった感じがした。
ただ、物語が進行するうちに、これも実はよく考えるきっかけをくれた気がする。
この映画「クルナスvs.ブッシュ」は、あなたは客観的に、そして、俯瞰して考えることが出来ますかと問いかけているような作品だ。
2022年ベルリン国際映画祭主演俳優と脚本賞で銀熊二冠に輝いた作品だが、受賞理由はよく分かる気がする。
「マリウポリの20日間」と「人間の境界」を観て、上映館はかなり少ないが時間が許す人にはこれも観て欲しい。
そして出来れば考えて欲しい。
アメリカの同時多発テロの後、ヨーロッパで何が起こっていたのか。
グァンタナモとは何なのか。
中東から移民を受け入れていたEU(欧州連合)で、イスラム勢力のテロに怯え排斥する人々が増えていったこと。
アイデンティティを喪失する移民の若者。
後手後手に回る政府。
こうして複雑化した状況は、後に単発的なテロのみならず、ヨーロッパから多くの若者がISISに参加する理由にもなったはずだ。
この作品は、描かれた状況の後、何が起きたか考えて欲しいと言っているのではないのか。
(以下ネタバレ)
映画の終盤の場面、弁護士ベルンハルト・ドッケとの会見に行かなかったラビエ。
その後、ムラートはソーシャルワーカーとして働いているとのテロップが流れる。
ラビエの行動は、本当は静かに暮らしたかっただけという気持ちや、移民として暮らすドイツで目立つ行動をして事を荒立てたくないという清貧な気持ちからだったんじゃないかと強く思う。
きっと今も、こうして背中を丸め息をひそめるようにして暮らさなくてはならない移民はきっと多いのだ。
バイデン大統領が、ついこの間、岸田首相をあれほど歓待したのに、5月1日には日本は排外的だと話していた。
メルケル元ドイツ首相は、様々な制約がありながらも多くの移民を受け入れようとしてきた。
だが、EUで移民排斥の動きは止まらず、ならずもの国家のつけ入る隙になっていることは確かだ。
映画「人間の境界」で描かれたルカシェンコの暴挙は、その例だ。
将来の不安定要素にならないように祈るばかりだ。
ラビエの明るさに救われる一方で、とても考えさせられる映画だった。