ボブおじさん

ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュのボブおじさんのレビュー・感想・評価

3.9
上映館も少ないので、この映画の存在すら知らない人の方が多いと思う。それは、あたかもこの事件そのものを表しているかのようだ。

気が滅入るような悲惨な物語にも拘らず、この映画を最後まで目を逸らさずに観ることができたのは、ドイツの人気コメディエンヌ 、メルテム・カプタンが演じた悲劇の母親ラビエと人権派のドイツ人弁護士ベルンハルトとの間のどことなくユーモラスなやり取りが、緊張感あふれる展開の中の緩衝材となり、まさかの〝異色のバディムービー〟となっているからだろう

2001年9月11日(9.11)に起きたアメリカ同時多発テロのひと月後。ドイツのブレーメンで平穏に暮らすトルコ移民のクルナス一家。だが、ある日19歳の長男クルナスが、旅先のパキスタンで〝タリバン〟の嫌疑をかけられ、キューバのグアンタナモ湾にある米軍基地の収容所に収監されてしまう。母ラビエは息子を救うため奔走するが、警察も行政も動いてくれない。藁にもすがる思いで、電話帳で見つけた人権派弁護士ベルンハルトの元を訪れたラビエは、アドバイスを受けアメリカ合衆国最高裁判所でブッシュ大統領を相手に訴訟を起こすことになる……。

主人公のラビエは、一癖も二癖もある天真爛漫なキャラクターで、例えるならトルコ系〝肝っ玉母さん〟😅

いつも元気で時に厚かましいが、愛する息子を思う気持ちは万国共通だろう。一方、弁護士のベルンハルトは、几帳面で責任感溢れるいかにもドイツ人という感じ(アンコンシャスバイアスの塊😅)の人権派。

国を跨いだ奪還に向けて、各所と調整を図り慎重にハンドルを切るベルンハルトに対して、車の運転同様にアクセルを思いっきり踏み込むラビエの姿は、昔見たジュリア・ロバーツの「エリン・ブロコビッチ」の中での弁護士との関係を彷彿させる。

愛する息子を取り返すため、トルコ移民の母親が、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュに戦いを挑む。



〈余談ですが〉
本作で息子が収容されたグアンタナモがどんな所であったかについては、2007年に日本でも公開された「グアンタナモ、僕達が見た真実」や2021年公開の「モーリタニアン 黒塗りの記録」に詳しい。

また、劇中でもテレビニュースとして流れていたが、イラク戦争中、アブグレイブ刑務所で米軍兵たちが繰り広げた捕虜虐待は、非人道的などという生ぬるい言葉では語り尽くせない〝鬼畜の行為〟で2023年に日本でも公開された「カード・カウンター」の中でも描かれている。

更に9.11以降のアメリカのマスコミの論調や国民の世論、ブッシュ大統領の対テロ政策の裏側については「記者たち 衝撃と畏怖の真実」や「バイス」なども是非見て頂きたい。

記憶が正確でないので、間違っているかもしれないが、本作の中で、あるアメリカ人記者が、ラビエに対して〝あなたの事は気の毒だが、テロリストにも人権は必要だと思うか?〟というニュアンスの質問をしていたように思う。

この記者の質問は、当時のアメリカ人(全員ではないが)の本音を代弁しているようにも思えた。〝大義(アメリカの正義)の為には、多少の誤認逮捕や長期拘束は、仕方がない〟。

これに対して弁護士のベルンハルトは、毅然としてこう言うのだ〝それとこれとは別の問題だ〟。

知らなければならないのに、知らないことがまだまだたくさんあるという事を改めて思い知らされた映画だった。


※劇中の台詞など、記憶が曖昧な為、一部正確でないことをお許しください😅