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午前4時にパリの夜は明けるのakrutmのレビュー・感想・評価

4.6
80年代のパリを舞台に、夫と別れたばかりの女性エリザベートと二人の子供、そして自宅に保護することになった家出少女が紡ぐ物語を描いた、ミカエル・アース監督のドラマ映画。

『サマーフィーリング』と『アマンダと僕』の直近の過去作品では、大切な人の死というエモーショナルな題材を扱っていたミカエル・アース監督が、本作では一転して、ある女性が離婚を機に少しづつ変化していく生活やそこでの心情を静かな筆致で描いている。リアルな日常生活をそのまま切り取ったようなストーリーは、ドラマティックな出来事が起こるわけではないので、登場人物たちに感情移入してカタルシスを得るという、エモい鑑賞体験を味わうことはできない。それでも本作がとても素晴らしい作品に仕上がっているのは、主人公を演じるシャルロット・ゲンズブールを始めとする俳優たちの優れた演技や、ミカエル・アース監督の映画愛のおかげである。

今まで専業主婦であったエリザベートは、夫と離婚したことで二人の子供を自分の収入で養わなければならなくなり、ラジオ番組のアシスタントとして採用される。どれだけ年齢を重ねても感じる不安や孤独感の一方で、大人や母親としての責任感や親切心も持ち合わせるというエリザベートの二面性をシャルロット・ゲンズブールが見事に表現していて、彼女の演技を見るだけでも価値のある作品だろう。脇役ではあるが、ラジオ番組のパーソナリティを演じたエマニュエル・ベアールのネクタイ・スーツ姿も貴重。こんな役を演じる年齢になったのかと感慨深い。

一方で、若者たちを演じた俳優たちも素晴らしい。エリザベート一家が変わっていくきっかけを与える家出少女のタルラを演じたノエ・アビタは、レア・ミシウス監督の『アヴァ』でデビューした新進気鋭の若手女優。本作でも、ドラッグに手を出すほどの不安定な女性を、演じ過ぎないくらいの適度の強度で上手く演じている。もう一人印象に残ったのは、エリザベートの娘役のメーガン・ノータム。セドリック・クラピッシュ監督のドラマ『ギリシャ・サラダ』での役柄と同じような、政治に関心の高い若者を演じているのは、彼女の醸し出す雰囲気なのかもしれないが、本作でもいい味を出している。

ミカエル・アース監督にとって80年代はまだ子供の頃であるが、心の中に残っている80年代の音楽、映像、質感そのものを映画として表現したいという気持ちが本作を企画したきっかけであるとインタビューで述べている。そのひとつが、パスカル・オジェという、この時代に活躍しながらも若くして亡くなった女優へのオマージュである。エリック・ロメール監督の『満月の夜』やジャック・リヴェット監督の『北の橋』というパスカル・オジェが主演した作品を鑑賞するシーンが出てくるし、タルラとマチアスの会話の中でパスカル・オジェが亡くなったことも言及される。そして、タルラというキャラそのものを、パスカル・オジェを連想させる存在として登場させているという面もあるだろう。タルラ自身も映画が大好きで女優を夢見ていて、エリック・ロシャン監督の『愛さずにいられない』のオーディションに落ちたと語るシーンもある。個人的には『満月の夜』はロメール作品の中であまり印象に残っていないけれど、未鑑賞の『北の橋』とともにパスカル・オジェに注目して見直してみたい。
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