あかぬ

胸騒ぎのあかぬのネタバレレビュー・内容・結末

胸騒ぎ(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

2日で帰っていれば……

イタリアで旅行をしていたデンマーク人のビャアンとルイーセ、娘のアウネスは、感じの良いオランダ人夫婦のパトリックとカリン、その息子のアーベルと出会いすぐに意気投合する。
数週間後、パトリック夫婦からの招待状を受け取ったビャアンは、妻子を連れて人里離れた彼らの家を訪ねることに。再会を喜んだのも束の間、パトリック夫婦の無遠慮な行動の数々に些細な違和感と居心地の悪さを覚え始めたビャアンとルイーセは、彼らに不信感を募らせるも、なかなか不満に思っていることを言い出せずにいた。
ふたりは週末が終わるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ居残ることにするが、最初に感じた小さな胸騒ぎは次第に広がってゆき、事態は思いもよらない方向へと転落していく……というお話。

個人的にビックリするような怖い・グロいシーンは特になかったのですが、地味〜な"厭"度ゲージの貯め方がうますぎて思わず顔歪む。
よくこんなにたくさんの厭なシチュエーションを思いつくなぁと感心したのと、熟年離婚の原因ってこういう小さな違和感やズレの積み重ねなのかもなと思いました。

内容は予想していた通りのなんの救いもない展開で進んでいき、その絶望的な結末に特に驚くこともなく「まぁそうなるわな」となんか納得してしまう因果応報的な側面が主人公にあるということがこれまた胸糞悪い。
圧倒的な悪と不条理を前にして正面切ってNOと言えない主人公たちのやり切れなさといったら…。

パトリックの「あなた達が差し出した」という発言は、泣いて親を求める娘を無視して情事に耽っていたビャアンとルイーセに対する問責だろうか。確かにその他にもぬいぐるみを無くした娘に対して面倒そうな態度をとったり、理由もなく怒鳴りつける場面がある。さらに胡散臭いベビーシッターに不信感を抱きながらも結局預けて出掛けてしまう。
パトリック夫婦の非道凶悪さは誰が見ても明らかで、ビャアン一家が受けた仕打ちは圧倒的に不条理であることには間違いないのだが、ビャアンとルイーセの行動の数々は親としての立場を放棄したと捉えられてしまっても仕方がないものなので、パトリック夫婦の言い分が全く筋が通っていないわけでもない。まぁだからってわけがわからないよ…っつう話なんですが。

ただ子供をぶん取りたいだけなら手間暇をかけて"おもてなし"なんてせずに早々に殺してしまえばいいものを彼らはそうはしなかった。それは何故か。
ここからは個人的な想像のお話になりますが、おそらく彼らには歪んだ正義感があり、親が子を放棄したとみなした場合のみ犯行を実行するというルールを作っていた。1度目に逃げた時は追いかけて来なかったこともそう考えれば納得がいくような…?(単に気づいてない、または引き返すのを察知して急いで家に戻っただけかもしれない)
ビャアンが別館で目撃した歴代の子供たちの写真から犯行に連続性があることが伺えるが、彼らはただ殺しを楽しむだけの愉快犯のようには見えないし、この一連の行動に目的が全く無いとは考えにくい。パトリック夫婦がここまで子供に執着するのは、彼らがいわゆる不妊で子供に恵まれなかったためで、子供を授かっているにも関わらず怠情な親たちに強い憎しみを感じているのではないかと受け止めました。そして自分たちの思う理想の息子・娘を追い求めて、人の子を攫っては異常な躾を施すが夫婦の要望に応えられる子供は誰1人としていない…。
ちなみに、このパトリック夫婦を演じる役者はリアル夫婦だそうで、それもまた恐ろしい。

逃げるチャンスはいくらでもあったのに家族の身の危険よりもうさぎのぬいぐるみを選んだビャアンの行動はいくらなんでも軽率すぎるし、
捕まってからも、言われるまま、されるままで一発殴られたら何も出来ず、鼻水垂らして泣くことしかできない。何故知り得た情報を家族とすぐに共有しなかったのか、何故死に物狂いで運命に抗おうとしないのか、大勢の人が不甲斐ない主人公に不満を感じただろうが、これは監督が生身の人間のリアルさを追求した結果だと思う。
誰かに不快に思うことをされた時、つい笑ってその場をやり過ごしたり、あるいは恐怖で凍りついてしまったり、それしか出来なかった経験って結構な人が持ってるんじゃなかろうか。

愛と肉欲を選んだ主人公たちが迎えるまさに"絶句"のラストは、アダムとイヴの楽園追放のような神話性があり、中盤まであれほどリアルだったビャアンたちの心理や言動が、ラストで一気に寓話的になる。
パトリックとカリンが選択した石打ちという手法は、姦淫、同性愛、獣姦など、"倒錯した"性行為をおこなう者を罰する古代の処刑法なのだそうで、非常に原始的かつ、究極的な罰の形だった。
身ぐるみ剥がされ原初の姿のまま石を投げつけられ、ゆっくりと嬲られながら朽ちてゆく、なんと厭らしく、哀れな結末。
なにより、1番の被害者は子供だな…。
ホラー避けがちな私が珍しくこの作品にはハマれました。


また、本作のハリウッド版リメイクが今年9月に米公開予定らしく…。主演のジェームズ・マカヴォイが、招かれるゲスト側ではなくホスト側の夫を演じるということでかなり気になっている…。
あかぬ

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