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僕らの世界が交わるまでのumisodachiのレビュー・感想・評価

僕らの世界が交わるまで(2022年製作の映画)
4.8


ジェシー・アイゼンバーグ初監督作品。

女性用シェルターを運営するエヴリンは、夫と一人息子のジギーと暮らしている。ジギーは動画配信で自作の歌を披露するのに夢中で、ふたりは毎日衝突ばかり。かみ合わない苛立ちを抱えながら、2人はそれぞれに興味を持つ対象を見つけて……。

久々に深く刺さった。心臓のもっと奥まで貫かれた感覚。

社会福祉の世界で立派に生きている母親。かなり高齢で出産したと思われる息子は、そんな母親の意に反して軽薄な歌をネット上で披露するのに夢中。全然知的な会話もしてくれないし、親のことを疎んじてばかり。一方で息子からしてみると、アピールしてもバカにしたようにしか返してくれない母親のことがムカついて仕方がない。まず、この構造がリアルすぎる。

だってね?うちの息子はまだ小6なんだけど動画配信に夢中で、本の虫だった私は彼にも読書家になってほしかったけれど早々に拒否されて。歴史に興味を持ったりもしないし知識も増えない息子にどこかで焦りを感じていて。個人的な話で申し訳ないが、あまりに自分と重なりすぎていたのだ。数年後の自分たちを観ているとしか思えないくらい。

【以下ネタバレあり】

息子に対するエブリンの態度も、親に対するジギーの態度もあまり褒められたものではないわけだが、思春期の子どもと親の関係なんて多かれ少なかれどこもこんなものだろう。父親が指摘するように彼らは似た者同士であり、視野が狭く思い込みが激しいタイプなので、けっこう衝動的に発言してしまうのも状況を悪化させている。

車の中での口論が特に印象的だった。私、たぶんああいうことを息子に言ったことがあると思う。息子が安易な答えを求めているのを察して、それを指摘して「そんなに簡単じゃない」と切り捨てたことが。最終的に同じ結論に導くにしても、もっとやりようがあるのに。息子からの歩み寄りをまず受け入れればいいのに。なんて不器用なんだ。運転しながらうっすらと涙を滲ませるエブリンの表情を見ながら泣いてしまった。

そんな彼らは、それぞれ互いを投影させたような人物に執着することになる。エブリンは「こうなってほしかった息子像」を体現したような少年に、ジギーは母親と同じように社会的関心が高くて知的な少女に。彼らは悪意0%で対象人物にアプローチするのだが、距離の取り方や言葉の選び方を間違えて空回りしてしまう。そして、気づくのだ。自分自身の価値観に捉われすぎて、相手に理想を押し付けていたことに。期待した反応が欲しくて必死になり、相手を困らせていたことに。

「愛する相手に期待してしまう」ことの苦しさを、これほど繊細に描けるってすごい。ありのままに相手を受け入れ、認めることの大切さと難しさをこれほど軽やかに描けるってすごい。さりげなく、しかし十分なラストもお洒落で、ジェシー・アイゼンバーグの計り知れない才能に腹が立ってきたくらいだ(笑)

序盤でライラが同級生としていた議論もとても良くて、なんだろうなあ。圧倒的な底力と教養と余裕を感じるというのかなあ。ジェシー・アイゼンバーグはおそらく広い視野と自分自身の確かな目線を持って、世界を眺められる人なんだと思う。賢者のような眼差しで、優しく人間を見つめられる人なのだろう。ひとつひとつのセリフが持つリアリティ、ミニマムな人間関係の話なのに、世界をも歴史をも貫く大きさを無理なく感じさせる懐の深さ。これからもたくさん映画を作ってほしいと心から願わざるを得ない。

高校生が動画配信で披露しているというレベルにピッタリの歌唱も良い。それも細部にこだわっているなあと感じる要素のひとつだ。

なお、日本に触れている個所があり、「ありがとうございます」という言葉が出てきたりもする。そのシーンはとても印象的なのだが、そこもしっかりと目撃してほしい。我々にとっては重要なことだから。あと、原題の「When You Finish Saving the World」の方が、思い込みが激しくて視野が狭いところがそっくりな母子の雰囲気を表していてセンスが良いと思う。





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