じゅ

ザ・ホエールのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

もうね、あんな薄暗い部屋の描写から輝度振り切れたGoogle Chromeの画面映されると眼球焼けるかと思うんよ。


チャーリーは死にかけていた。膨れ上がった足、ただれた皮膚、カビの生えた肉ひだ、化膿した尻、茶色く変色した背中の脂肪腫、血圧は上が238の下が134、歩行器なしには立ち上がることすらままならない。友人で看護師のリズの見立てでは、もう1週間ももたなそうだった。
チャーリーは思い立ったように自宅に娘のエリーを呼んだ。8年ぶりの再会だった。大学講師のチャーリーは教え子のアランと恋に落ち、妻のメアリーと当時8歳だったエリーを捨てて家を出ていた。当然心理的に分厚い壁が隔たるが、落第しそうなエリーはチャーリーにエッセイのゴーストライトを押し付けた。帰ろうとしたエリーは父に自力で歩くように言ってみたが、当然チャーリーはできなかった。時を同じくして、新興カルトのニューライフの宣教師を名乗るトーマスも足繁くチャーリーの家を訪れていた。トーマスは、チャーリーには神の救いが必要と考えていた。
エリーは父の写真をSNSに上げてその容姿を揶揄しており、学校での態度も悪かった。メアリーはそんな娘を邪悪だと言い、チャーリーは正直だと言った。トーマスは本当は教団の公認の宣教師でなく、教団の布教の仕方に反発して金を持って逃げてきた者だった。エリーはトーマスに大麻を勧め、吸っているところを撮影し、持ち逃げの告白を密かに録音して教団に送ると、教団はトーマスに「たかが金くらい」と快く帰宅を促すかのような連絡をしてきた。
今にも死にそうなチャーリーは、その時をリズと過ごしていた。そこへエリーが家に飛び込んできた。父に書かせたエッセイが「不可」の評価を付けられて腹を立てていた。彼が代筆したエッセイは、エリーが8歳の頃に書いた『白鯨』に関するエッセイの写しだった。チャーリーは、娘が書いた独創的な分析や正直な感想を他のどんなエッセイより気に入っていた。帰ろうとするエリーに、チャーリーはそのエッセイを音読してくれるよう頼む。死にかけの父を前にしたエリーが涙ながらに読み上げると、チャーリーは力を振り絞って立ち上がり娘の元へ歩み始めた。互いに歩み寄ると、チャーリーの身体が宙に浮いて光に包まれた。最期に見たのは、幼かった娘と海へ行った思い出。


ぱっと感じたところといったら、現実を剥き出しにした真実も、物語じみた綺麗さも、どっちも求める哀れな矛盾というかなんというか、そんなところ。言葉にしにくいな。

真実というか正直さが大事っていうのは作中でチャーリーが何度も言及してた。エミーの暴言の類は正直だからよしとしていたり、トーマスにチャーリー自身の容姿について正直にどう思うか言わせてみたり、講義の相手の学生らに最後の課題として「エッセイなんてクソみてえなもんは忘れて正直な思いを教えてくれ」みたいなこと言ってみたり、応えてくれた学生らのためについに自らの姿をカメラで映して頭から足先までを見せてみたり。


わざわざチャーリーが正直さの貴重さ大切さを説くくらいだから、裏を返せば正直でいることは容易じゃない。正直でいることが容易じゃないのは、事実が不都合な場合があるからとでも言えるか。でも、都合よくあってほしいのよな。

いつもピザの配達をしてくれてたダンの件は非常に切なかった。ずっとドア越しの関係で、ダンが姿を見せない家主チャーリーを気遣って声をかけてくれるようになって、友情的なものが芽生えてきたような雰囲気だったのに、チャーリーが配達されたピザを取りに外に出た姿をダンが見ると「まじかよ」と驚愕して逃げるように去っていってしまった。なんか、孤独あるいは性欲なんかをこじらせた男が女性に優しく接客されて好意を持たれていると極端な勘違いをするのに似ているような気がする。チャーリーとダンの場合は好意じゃなくて絆の話だけど。何にせよ、べつにダンは業務で来てたピザ屋の店員でしかなくて、そんな都合いい聖人みたいなやつなわけないよな。

エリーは本当にチャーリーが思う(思いたかった)ような娘か?
あんたなんかどうでもいいとか、この男が地獄に堕ちれば脂の炎で云々とか、この部屋は臭うだの全部どうでもいいだの全員大嫌いだの、まあたしかにある一面では正直でよろしいのかもしれん。だけど、正直であることと、その正直な言動の内容って、別に考えるべきじゃないか。正直さ(あるいは不正直さ)とは言ってみればフィルタみたいなもので、言動はフィルタされる対象。ともすれば、チャーリーの楽観もメアリーの悲観もたぶん正しくて、正直であるのは確かにエリーの良いとこだけど、邪悪であるのもその通りな感じする。
ちなみに、チャーリーの家では窓辺に皿を置いて鳥に餌をやってて、飛んできた鳥の鳴き声を聞いてエリーが苛立ったのか調理場の台をナイフでガリガリするところがあったけど、その後餌をやる皿が割れてたのはエリーがやったんだろうか。現実ならそう決めつけるもんでもないけど、そうでもなけりゃ物語の中で描写する意味もないしな。エリーがやったとしたら、まあなかなか邪悪かも。

エリーがトーマスのことを彼の地元の教団に伝えた件はどうだろう。教団は金のことくらい気にしないというような言葉をトーマスにかけて、トーマスは喜んで帰ることにした。チャーリーはエリーがトーマスのために仲立ちをしたと思った。
本当なのかな?何の根拠もない個人的な邪推でしかないけど、ストレートに悪いことを考えてやったようにしか見えんのよな。1コ思い返すと、リズの口から語られた兄アランの最期は、父親が教団の重役でアランが宣教師をしてて、教団の重圧でアランが憔悴しきって死んだみたいなかんじだったか。教団はずっとアランは不幸な事故で死んだと言っていて、教団は戒律と体裁を家族より優先するような印象を受ける。まあそれはアランとリズのとこの家の話だけど、トーマスのとこも同様なら帰るのはだいぶやばい気がする。向こうからしたら、謎の人物から送られてきた情報によれば、かつて金を持ち逃げした宣教師のトーマスが所縁もねえ場所で随分と教団を批判してたし、かつて戒めた大麻をまた吸ってた。教団からしたら随分と具合の悪いことじゃないか。
で、エリーはべつに父ちゃんのこととかどうでもいいって言ってるくらいだから、ましてやたぶんトーマスのとこの家族の絆なんてクソほどどうでもよくて、おそらくトーマス個人への感情も大してなくて、単に「こんなことしてみたらおもろそうだな」くらいの感覚でやったんじゃないかって気がしてる。
邪悪さでなく心優しさこそが娘の本性だと喜んだチャーリーの考えって、もしかしたら彼の都合のよい解釈でしかないのかもしれん。

チャーリーの最期の時はどうだったか。端的に言えば、エリーが玄関の扉を開けたところ辺りからはチャーリーが見てた夢か幻だったんじゃないかと想像してる。まあチャーリーからしたら良い夢見て人生を終われたんならよかったのかも知れんけど。
エリーからしたら、男のために幼かった自分を捨てたこのクソ親父と意思疎通する動機って、落第を逃れるか否かが掛かるエッセイしかなかった。それが不可の評価になったとくれば、もう彼を気にかけてやる筋合いなんてないはず。今さら父親面するのかと言うくらい壁が隔たったまま距離が詰まるようなこともなかったし、そもそも何もかもどうでもいいと思ってるようなエリーが、そんな急に涙ながらにパパって呼んでくれるか?まあ死が実際に目の前に差し迫っているとなれば、もしかしたらもしかして心変わりしてくれることも無くはないのかもしれんけど...。チャーリーはチャーリーで、胸を打たれて根性を出しさえすれば立ち上がれるような体か?初めの方よりだいぶ顔色悪くなって弱ってそうだったが。エリーが玄関の扉を開けた時に明るく綺麗な光が差し込んだところとか、最終的にチャーリーの体がふわっと浮いて光に包まれたところとか、総じて物語上の演出みたいなメタ的なものじゃなくて、チャーリーが夢か何かを見ていたことを表していたような気がする。あのくだりの直前からして、リズが必死に話しかける中でチャーリーはどっか変な方を向いて何やら話してたし。

何より、自分の正しさを信じたい気持ち。共感するし哀れだと思うし惨めだと思う。
元妻のメアリーとは、エリーが大人になったら金を送るという話になってたんだっけ。それを、いつ送っても同じだろうと思ってずっと送り続けてた。大麻とかの金になるなどとは思いもせずに。酒だのタバコだの大麻だの実際エリーがどこに金を捨ててたか事実は語られないけども、よろしくない習慣を加速させるように使ってたとしたら、チャーリーによる送金は正しいことだったとは随分言いづらくなる。むしろ間違っていたとすら言えるかもしれない。
「I need to know that I had done one thing right with my life!」ですって。凝縮されてんな。どうやら自らの最低限の生活を保つ程度だけ残してあとの金は娘に送っていて、そんな自己犠牲も相まって彼は彼にとって正しくなきゃいけなくなってしまったのかな。

人には正直であってほしいし自分も正直でありたい。でも正直に語られる事実は自分にとって都合のよい内容であってほしい。そんな噛み合わないチャーリーの気持ちが哀れだったなと思う。


チャーリーって結局のところ、神が必要だったのか、リズしか助けになれなかったのか、どっちなんだろう。あるいはどっちも正しいか違うか。
もしかしたら、トーマスとかリズが勝手に思ってただけか。まさにチャーリーが事実は都合よくあってほしいと願ったみたいに。トーマスにとっては人々が神を必要とすることが都合よくて、リズにとっては(そんなこと読み取れるような描写があった覚えはないけど)チャーリーが唯一の友である自分を頼ってくれることが都合いいのかも。都合のいい悪いってつまり、トーマスとかリズ自身の心が満たされるか否か。
でもどうだっただろう。トーマスは、アランが持っていた聖書で印をつけられていた部分を見つけて、アランは魂でなく肉を選んで死んだからチャーリーは魂の方を選ぶべきだみたいなことを言って、チャーリーをひどく傷付けた。「魂でなく肉」ってつまり、神に使えることでなく人と愛し合うことを選んだっていう意味だと思う。トーマスに対してチャーリーも「アランは僕を愛したせいで死んだということか」的なこと言ってた。リズは、彼女なりにあんなにチャーリーの世話をがんばったのに、チャーリーが最期に一緒にいたいと願ったのはやっぱりエリーだった。
とすればチャーリーには神が必要ってのもリズが必要ってのもチャーリー本人にとっては違って、どっちもトーマスとかリズがそうであってほしいと思ったことに過ぎなかったのかも。


そういえば、海って何なんだろう。特別なもんなのかな。つい最近観た親と子の関係の物語だと、フローリアン・ゼレールの『The Son』も海の思い出で締めくくってた覚えある。
まあ偶然って言うと違う気もするけど、印象に残りやすい場所なのかな。そこそこ海の近くに住んでたけど、そういえば俺は特にこれといった思い出はないな。めっちゃでかい亀の死骸を見つけたってくらい。まあでも、ただそこにいるだけで記憶に残る気はするかも。
じゅ

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