シズヲ

ザ・ホエールのシズヲのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
3.9
600ポンドの体躯、主人公が背負う罪の意識と希死念慮の象徴。やり場のない感情と後悔を過食という“自傷”にぶつける他なかったのが伝わってくる。極度の肥満体を作り上げた特殊メイクの質感が凄まじい。舞台劇が原作ということもあり、“主人公の自宅”という極めて限定的な環境でのみ物語が展開していく。

余命幾ばくもない主人公の暗澹ある生活風景も相まって、仄暗い屋内の描写が終始に渡って閉塞感を浮き彫りにする。それ故に後悔や挫折を抱えながら魂の拠り所を求める登場人物達の心情が、役者の繊細な演技とともに際立っている。蒼然とした画面やテーマの輪郭が徐々に明かされていく筋書きなどもあり、何処となくサスペンス的な趣もある。『白鯨』との接続など咀嚼しきれていない部分もあるので、また機会があればもう一度見てみたくはある。

過食と交流の中で裁きと浄化を求める主人公、愛の狭間で自死を選んだ恋人、兄の喪失を経て主人公に献身する看護師、信仰と良心のジレンマに苦悩しながら結局は信仰に帰属する宣教師、主人公への愛憎によって自己破壊的に振る舞う娘、そんな娘への匙を投げてしまった元妻。自己/他者に対する業や後悔の中で、人は何かしらの贖罪や救済を求めていく。トラウマを背負った者は“魂の救い”がなければ生きていくことも死にゆくことも出来ない。

自己破壊的な主人公が“娘を信じること”に救いを見出し、「せめて人生で一つでも正しいことをしたと思いたい」と吐露するのが痛ましくて切ない。作中で描かれる葛藤は複雑に拗れ、だからこそ仄暗い部屋に眩い光が射すラストは凄まじい解放感に溢れている。演出的にちょっとやり過ぎ感は無くもないけどね。とはいえ本作が辿り着いてみせた“救済”は、『レスラー』で描かれた“破滅への陶酔”を乗り越えたような清々しさがあって印象深い。
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