ぴんゆか

ザ・ホエールのぴんゆかのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
3.5
堂々圧巻、本年主演男優賞納得の作品。
やっと見られました〜


シーン展開が一つの空間だけの作品は他にもあるが、男が一人住む家の中だけを写してこれほど観客の想像力を掻き立て、その名の通り海に飛び込むかのように深く没入させるのは監督をはじめとする製作陣と演者の腕前が一流であることの証明でしかない。

また何より主演のBrendan Fraserの人生そのものが作品の筋書きのように深く暗い海で上に浮かぶ気泡を眺めるような日々であったことが、そしてこの作品によって彼がまた地上に上がってこれたことがまた今作をただならないものにしている。
(俳優人生30年、当初出演していたアクション映画で幾度も怪我に見舞われ、その後業界でセクハラに遭い、プライベートでは離婚。簡単なものではなかったと声を震わせながら語る授賞式の彼のスピーチだけですでに大きな序章となっているので暇な方は是非視聴を。)

よくテレビなどでゴミ屋敷や片付けられない人などがコンテンツとして取り上げられていて、それだけを見るとだらしがない、不衛生な住人、そこに現れるスーパー片付け人という救世主と捉えられそうな構図で撮られているが、結局ああいった状態はそもそも普通の人間の状態ではないわけで、外界だけでなく内界、内をケアしてあげなければ結局元に戻ってしまうように思う。
もちろん不衛生で他人にも迷惑をかけるような状態は当然好ましくないわけだが、ただ汚い人間だと決めつけず寄り添ってあげられるリズのような存在はもっと必要だ。

けれども面白いことに結局彼を大きく変えることになったのは彼を頼る存在であったように思う。
もちろん仕事として講師はしていたが、自分の外見は隠したオンラインでしかも生きるためにやっている仕事だから発生している関係だった。
ところが突然現れた彼の娘は彼の外見を見るなりナイフのような言葉で彼を罵り、そしてつっけんどんに彼にエッセイを書くように頼んだ、いや命令した。
彼女が自分の子供であったことも大きいが、生身の人間と生きた交流をし、自分の全てを曝け出した上で頼られるという形で自分を必要とされたのは大きかったのだろう。

同じく修道士の青年も名目上は主人公を助けるといってはいるものの、結局のところ主人公に話を聞いてもらうことで自分を保っているような節があるし、主人公のためになりたい一心で交流することが結果として主人公に生きる必要性を与えている。

一人で部屋に孤独に生きる人間はこの世の中想像以上に多いことは想像に難くないし、(中にはその状態を幸せと感じる人もいるのであながちみなが苦難を抱えているとは言えないが)かくいう自分も数日何もせず家にこもっていると生きる存在意義が不明瞭になりどこまでも落ちていってしまうような感覚に陥ることがある。
ここまで世の中が便利になり、人と関わらなくても普通に過ごすことができるようになった中で大変皮肉だが、人間の本能としてはやはり他者に必要と見出されることが生きることの大きな意味合いを持っているといえる。

長くひとつの状況に留まってしまった人間にとって踏み出す一歩は宇宙よりも遠いところにあるだろう。でもその一歩は思わぬほんの些細なきっかけが踏み出させることにもなり得ることは忘れないでいたい。
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