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ザ・ホエールのEyesworthのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
4.7
【人は無関心ではいられない】

ダーレン・アロノフスキー監督×ブレンダン・フレイザー主演のヒューマン映画。ブレンダン・フレイザーはこの作品で2023年度のアカデミー男優賞を獲得した。ほぼ全編が主人公チャーリーの部屋のみで展開する本作は、劇作家サミュエル・D・ハンターの同名戯曲を映画化したもの。

〈あらすじ〉
恋人アランを亡し、過食を繰り返したチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は大学のオンライン講座の講師で生計を立てている。体重272kgで、歩くこともままならず、アランの妹のリズ(ホン・チャウ)に頼りきりの彼は、自分の余命がわずかだと悟る。彼は妻との離婚後、疎遠だった娘のエリーと関係を修復しようとするのだが…。

〈所感〉
太り過ぎの男の自業自得劇といってしまえばそれまでなのだが、チャーリーだけでなく娘のエリー、宣教師トーマス、医者リズなど登場人物それぞれが過去の大きな穴を埋めようと奮闘する姿に普遍性が見られて教訓に満ちていた。この映画について、アロノフスキー監督自身は「私が映画を愛するのは、映画というものが共感のエクササイズであり、誰もが世界中のあらゆる人々を描いた作品を見られるから。それが純粋で誠実な表現であれば、誰でも自分の人生や現状をそこに見ることができるはず」と《共感のエクササイズ》であることを強調していた。全く感情移入できない外国の太った同性愛者のチャーリーに対して、想像力を働かせて凄くわかるなぁと実感することが大切なのだろう。そうすればそこに普遍性を見出し、自らの人生の糧とできる。作中にもあったように、人は人に無関心ではいられないものだ。チャーリーも色々な人の生き方そのものであるエッセイや本を自分事のように食べられるからあんなに巨万の贅沢ボディを得られたのではないか。他人事の殆どを自分事に置き換えられるのは才能だが、程々にしないと考え物である。この作品で何度も引用される『白鯨』も全世界で読まれてるハーマン・メルヴィルの古典であるが、端的に言えば、かつて白鯨と戦い片脚となったエイハブの白鯨に対する復讐劇である。この映画に置き換えると、娘のエリーがエイハブであり、チャーリーが白鯨と位置づけられるのではないか。白鯨(チャーリー)の身勝手により悲しい人生を宿命づけられたエイハブ(エリー)。しかし、実際の世界ではこのような単純な誰が善で誰が悪かの確定的な図式ではなく、誰もが奪われたエイハブにもなり得るし、誰もが奪った白鯨にもなり得るのだ。善悪は変動する。そのような善悪論の可変性、陳腐さをこの映画は伝えてくれているような気がする。誰もが不本意な立場になるかもしれないから、そうなった時に後悔なく自分の使命を為さなければならない。そして、文章は拙くても思ったことを正直に。彼の最後の講義からそう学んだ。
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