Hiro

ザ・ホエールのHiroのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
5.0
「The whale」
ずっと観たいと思っていた作品だけど、映画館で観なくて良かった。人前でこんなに泣くことは出来なかったはずだから。

この作品の重みというか、深さというか。肥満男性が娘と最後に心を通わせる、ただそれだけの物語のはずなのに、どうしてここまで深く描くことができるんだろう。

ただただ、作品に飲み込まれた2時間でした。凄すぎる。舞台は彼の部屋だけだし、そこで繰り広げられるのもただ彼の日常だけで。特別なことなど起きないし、むしろ見ていて気持ちの良いシーンばかりではないし。俳優陣も素晴らしかったけど、個人的には何より音楽が凄かった。泣かせるための音楽じゃなく、なんていうんだろう、海の底で鳴り響く海流のようなそんな音楽だった。

演出も見事でした。特にラスト。ずっと雨や、曇りだった天気が、最後には晴れ渡り、彼の部屋に光が差すシーン。そういうことか、と思いました。彼はきっとあの瞬間にだけ「生きる」事ができたのかもしれない。

登場人物が皆、主人公も含めて善人とも悪人とも言い切れないのが何より良かった。それが人間だよなぁと。チャーリーも、リズも、エリーも母親も青年も。誰かに救われたくて、でも誰かの助けにもなりたくて。
「誰かの役に立てている」そう思える瞬間、自分の存在全てが肯定された様な気持ちになれるから。

ラスト、チャーリーが自分の足で立った意味をずっと考えていた。器具に頼らず、自力で立ちあがろうとする彼の姿は、正直に言うと醜いし、立ち上がった彼の姿はある種の化け物のようでもあった。でも彼は、自分の足で立った。どんな人であれ、自分自身であろうとする事、人間らしくあろうとすることは、泥臭く惨めなもので、でもそれこそが生きるという事なのかもしれないし、あのシーンにはそんな意味が含まれていると私は勝手に思っていたい。

チャーリーはきっと、「正直に書く」代わりに食べ物を口にしていたんじゃないだろうか。娘にずっと会いたかったのに、会えずにいたこと。自分自身のせいで娘を捨ててしまったこと、そしてパートナーさえも失ってしまったこと。劇中、チャーリーは誰の悪口も言わなかったけれど、唯一ピザ屋の店員が彼を覗き見したシーンでは怒りを滲ませていた。吐き出す代わりに、彼はずっと飲み込んでいたのかな。

心臓丸ごと掴んでくるような作品は久しぶりでした。原作を読みたいと思ったのに、日本語訳されていないらしく悲しい…。
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