真田ピロシキ

はい、泳げませんの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

はい、泳げません(2022年製作の映画)
3.5
昨夜Overwatch2で綾瀬はるかという名前の方と同じチームになりまして、こりゃあ綾瀬さんのファンとしては何か見るしかないじゃないですか。それで少し興味があったのがこれ。

ドラマはともかく綾瀬さんの出てる映画は他愛のないのが多くてこれもカナヅチ男が女コーチに教わる映画だとは知ってたのでただのコメディなのだろうと思った。大学で哲学を教える小鳥遊(長谷川博己)の水に入るどころか顔をつけることすらできない姿を大いに誇張して演じられてて、映画に一種の独特の味わいがある。それで小鳥遊は誰に対しても、妻であろうと離婚後に付き合ってる人であろうと敬語でさんを付けて呼ぶ物腰が丁寧すぎる男。比べてスイミングスクールの仲間は大雑把な実にオバさんといった人達で、コーチの静香(綾瀬はるか)も彼女の役柄らしくキリッとしててあまりに煮え切らない小鳥遊を呼び捨てして出発を促したり彼女らの方が"男らしい"感じがする。小鳥遊が水を怖がるのは幼い頃伯父に昔ながらの"男らしい"やり方で泳ぎを覚えさせようと海に突き落とされたからで、やんわりと古色蒼然としたジェンダー観や保守的教育思想への意見が見えて結構真面目な映画に感じた。面白い点では小鳥遊の友人と思われる坊さんが下に着てるのはメタルか何かのTシャツで、これもステレオタイプな人物像に落とし込もうとしない意図を感じ取れる。

物語が進むとシリアスなトーンを増していき、小鳥遊は息子を川で流されて失いその時の記憶が欠落していることが明かされる。また静香も以前に交通事故に遭ったために外出恐怖症で周囲に怯えながら歩いていて、この描写は小鳥遊のカナヅチ以上に滑稽なのだが真剣そのもの。この辺のバランスにはやや困った。コメディだと思って見てたのにシリアスさが跳ね上がって見てる側としては急に対応できず、そのシリアス頻度も多くてともすれば退屈。

それでもある程度集中して見続けられたのは子供の死やそれを思い出すことに対してベタな感動特盛にはしなかった点。記憶がないために小鳥遊が息子の死を泣けずにいて「なんとなくでいいから泣いてよ」と妻に責められるのがダメな日本映画の典型であるお涙頂戴への皮肉と感じられ、結果的には思い出し涙を流すのだがそれも「水の中では涙は見えません」とやはり涙を流すことが美徳とするような風潮に従わない。また静香は最後まで小鳥遊の心をリハビリするコーチであり恋人には発展する素振りも見せない。この2人が主役なのでそういうのを期待する人も少なからずいただろうにそうならないのは原作からしてそうなのだろうが、男女は恋仲にならないといけないような強迫観念に取り憑かれている日本映画界がこの話を選んだことを良いと思った。

時間が特に説明なく前後するため時折混乱しかけるが、これも分かりやすさこそを至上としている今の日本映画というかエンタメには貴重なスタンスで、常に考えることを重んじる哲学者小鳥遊のキャラクターに沿った脚本とも言える。演出も横分割画面で通話する小鳥遊と静香が最後に交差したり、食事シーンが突然黒背景になったりとなかなか大胆なことをやっていて面白く、物語の題材は地味ながら飽きさせない。監督と脚本を兼任したのは映画版の『ゲゲゲの女房』の人と知って納得。あの頃よりアート寄りで大衆向け映画を撮る手法がずっと洗練されてる。