幽斎

ナニーの幽斎のレビュー・感想・評価

ナニー(2022年製作の映画)
4.0
サンダンス映画祭審査員大賞を受賞した最初のホラー映画。長編映画デビューで脚本も書いたNikyatu Jusu監督は受賞した2人目の黒人女性。発音が難しいけど、ニキヤトゥ・ジュース。Last nameは覚え易い。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

シエラレオネ共和国。西アフリカの大西洋側に面したイギリス連邦国、Jusu監督の祖国。インタビューを見て驚いたが身長が178㎝と私と殆ど変わらない。シナリオ「Nanny」2020年のBlack Listに掲載、独立系Neonが映画化すると公表。メジャー、ソニー・ピクチャーズが加わり、皆大好き(笑)、Jason Blumが映画化権を買うと宣言。雪ダルマ式にプロジェクトは大きく成り、其処にAmazonスタジオも勝ち馬に乗る。

原題「Nanny」。母親に代わって子育てする女性、タイトルを見てナルホドと思ったのはアメリカ人はこんな言い方はしない。イギリス人が使うフレーズで、Jusu監督がイギリス語圏で在る証。アメリカ英語ではSitterだが、日本語的には、ばあやが正しいかな。ネタバレに為るので言及するのは躊躇ったが「Mami Wata」本作を観るまで全く知らなかった。京都の大学で民俗学を専攻した友人に聞いたら、珍しいと驚かれたが「水の精霊」。ウンディーネは知ってるよ「水を抱く女」レビューしてるもん(笑)。

ナミワタはJusu監督の故郷、アフリカ西部の海岸で信仰された女性の霊。友人に彫刻の写真を見せて貰ったが、上半身が人で下半身が魚。色が黒くてスカートを履いてる様に見える。特徴的なのは全身に蛇が纏わり付いてる。水の精霊はウンディーネと同じく人に執着する。ナミワタも不治の病を治す、不死と妊娠に纏わる。

流石はソニー(配信版はノンクレジット)+Jason Blum+アマゾン、キャストは豪華。主演Anna Diopはモダン・スリラーの最高傑作「アス」。ハリウッド・スターMichelle MonaghanはTom Cruiseの〇人だったのはナイショ(笑)。Morgan Spectorは嫁のRebecca Hallの方が有名かな。黒人女性俳優の大御所「デッドプール」Leslie Uggamsと隙の無い配役と言える。北米で劇場公開されたが日本はAmazonプライム独占配信。

主人公アイシャの設定はセネガルですが、監督の故郷シエラレオネ共和国と同じ西アフリカの大西洋側に面した国。フランス植民地として、首都ダカールはラリーでも有名。不法就労の移民として働く姿はJusu監督の両親とも重なる。アフリカでは平均以上のセネガルでも貧困は深刻、自由の国アメリカに希望を求める人達の深刻度が伺える。例え国境の壁を乗り越えても、違う壁が次から次へと彼女達を精神的に追い詰める。

ジェンダーの是正を訴え女性の働く場所は増えたが、結果として白人女性が称えられる負の構図は、違う国の人種の人達が請け負う別のジェンダー格差を産む。此れまでアメリカ映画が看て見ぬ振りをしてきた社会問題を、本作はシンプルに問い掛ける。上辺では耳障りの良い事を言っても、裏を返せば汚いモノはドンドン下流へと流れて行く。ジェンダーの2重構造の原因は間違いなく「男性優位」、男から女へ、白人から黒人へ。負の連鎖のロンダリングに過ぎない。アメリカは経済力が有るから潤滑するが、日本は公務員やNHKとか関西電力など特権階級以外、物価高でとてもゆとりある生活は送れない。本作よりも私達の方が、事態は切迫してる。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

女性+移民+スリラー。レビュー済で言えば「モースト・ビューティフル・アイランド」等。秀逸なのはアイシャに霊が憑りつく、と言った安易なプロポーザルに逃げずイメージとして留めた点。ウンディーネと同じく、ナミワタも異性を「Inducement」誘引する力が有る。不倫夫アダムを毛嫌いしてるのに、アッチはその気に為る。アイシャの子供について言及されませんが、レイプ被害を匂わせる会話から察すると、ジェンダーの2重構造の他にも男性からの性暴力、結果に責任を取らない負の連鎖も透けて見える。

アイシャとナミワタのパワーバランスがどう作用するのかは、ご覧頂くとしてショッキングな出来事を経て、プラスにもマイナスにも転じる存在。「Anansi」アナンシも西アフリカの伝承。蜘蛛のヴィジュアルが印象的だが、強欲を諭す意味では日本でも「災いは口より出て身を破る」日蓮宗の教えが有る(流石京都人(笑)。身を亡ぼす=バッドエンド。

ラストの解釈も意見が割れる。ナミワタが勝てば新たな妊娠は幸せの訪れ。アナンシが勝てば新たな試練の始まり。女性は子供を失っても、また産む事は出来る。それが希望と捉えるのか、それとも女性と言う母胎の束縛から逃れられないと思うかは、観客のサジェスチョンに委ねられる。複雑なコンセプトを伝承の力を借りて、見事にホラーと言うエンタメに昇華した監督の手腕は称賛に値する。

観ないけど(ディズニーだから)「リトル・マーメイド」アリエルを黒人女性が演じる事に、猛反発が起きた事を思い出した。Political correctnessを意識した配役だと不可思議な非難をされた。いや、歌が上手い女優を選んだディズニーが正しいと思う。人魚の由来はマナティーと言う説が有る。だとしたらリトル・マーメイドの故郷は古代アフリカ、本作と見事にリンクすると1人で感心してた(笑)。監督の次回作は「ナイト・オブ・ザ・リンビングデッド」の続編!が候補。Jason Blumは「ホラーの原石」を見つけた様だ。

風刺とホラーが結合した寓話でジェンダーを語る。盛り上がりに欠ける点はご容赦を。
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