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ゼイ・クローン・タイローン/俺たちクローンのfujisanのレビュー・感想・評価

3.4
『一見、スタイリッシュでテンポの良いSFコメディですが・・』

メディアの2023年の映画ランキングで上位に入れていた方が何人かいらっしゃったので、視聴してみた映画です。


■ どんな映画?

2023年制作のNETFLIXで映画で、2018年の「クリード 炎の宿敵」の脚本を担当した30代の新鋭ジョエル・テイラーが初監督し、アメリカでは高評価を得ている作品。

主演は「デトロイト」などで主演を務めた黒人俳優ジョン・ボイエガ、他、タランティーノの「ジャンゴ」の奴隷役が印象的だった大物俳優ジェイミー・フォックスなど、基本的にはほぼ全員が黒人俳優。

ジャンルとしてはSFコメディということになっていますが、1970年代に流行した黒人観客向けの低予算娯楽映画のジャンル、『ブラックスプロイテーション』の要素をふんだんに含んだ映画となっています。

映画の雰囲気ですが、ちょっと乱暴に言ってしまうと、ジョーダン・ピールの「アス」と「ゲット・アウト」の雰囲気に、音楽・ファッションのオシャレ感を足した感じ。

SFコメディの雰囲気を装いながらも、黒人差別の歴史に対する強烈な批判と、社会風刺をふんだんに盛り込んだ、尖った作品となっていました。


■ ストーリー

舞台は貧しい黒人が集まる架空の町。

ドラッグ売人のフォンテーン(ジョン・ボイエガ)は、仕事上のトラブルによってモーテルの駐車場で射殺されるが、翌朝もなぜか普通にベッドで目覚める。

射殺されたことを知っている彼の友人、ポン引きのスリック(ジェイミー・フォックス)は死んだはずの彼が普通に現れたことに驚き、X-FILEなどの陰謀ものが大好きな売春婦のヨーヨー(テヨナ・パリス)とともに、3人で調査を始める。

ある日、路上で撃たれた男を乗せて走り去るバンを目撃した3人は車を追跡。たどり着いた建物には秘密のエレベーターがあり、恐る恐る地下に降りてみるのだが、そこには衝撃的な事実があった・・・という話。


■ 感想

タランティーノ映画のようなざらついた質感とバイオレンス描写を踏襲しつつ、新鋭若手監督のセンスによって現代映画として見事にアップデートされており、テンポ良いスピード感のある映画として高い完成度の映画になっていました。

ただ、この映画からオシャレでスタイリッシュな映画以上の意味を読み取るには黒人文化の歴史知識が必要で、とても難しい映画だったというのが感想です。

ジョーダン・ピールの「アス」も同じく黒人文化の知識を必要とする映画でしたが、自分たちにそっくりなドッペルゲンガーたちが登場するなどの要素でも楽しめるエンタメ映画になっていました。

しかし、本作は社会風刺がメインで、そこまでのエンタメ性は無く、観るかどうかの判断は、そのあたりが重要になりそう。

以下に、鑑賞後にまとめた内容を記載しておきますので、理解の一助になれば幸いです。(ネタバレなしの部分については、読んでから映画を観てもいいかもしれません)


■ 映画で描かれている要素(ネタバレなし)

映画には、黒人への偏見や人種差別の歴史を示すような様々なアイテムやシーンが、自虐コメディの要素として登場します。

□ フライドチキンのレストラン
黒人とフライドチキンを組み合わせて論じると、差別的な要素になるのは知りませんでした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%81%E3%82%AD%E3%83%B3
映画では、黒人を矯正するための化学物質が含まれた食料として登場します。

□ 縮毛矯正のヘアクリーム
映画では、縮毛を矯正するための化学物質が含まれたクリームとして登場。
また、白人化した黒人がマイケル・ジャクソンの歌を歌っているシーンもあり、白人を目指した黒人の皮肉になっているのかもしれません。

□ ぶどうジュース
映画では狂信的に熱狂する教会でグレープジュースが振る舞われ、『ジム・ジョーンズみたいだね』というセリフが登場します。
これは1978年に発生した、ジョーンズタウンでのカルト教団による集団自殺事件で、グレープジュースに混入されていたシアン化合物により900人以上が死亡した事件がモデルと思われます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3?utm_source=pocket_saves

他にも、過去に流行した黒人映画に登場したアイテムなども多数登場しているようなのですが、日本でちゃんと意味が追えたものは少なかったです。


------------<以下はネタバレ要素が含まれます>------------

■ ネタバレありの考察

映画のタイトルにもなっている”タイローン”。しかし、この映画の主要な登場人物に”タイローン”というキャラクターは存在せず、エンドロールに少しだけ登場するだけです。

これについては監督自身が、”タイローン”とは典型的なアフリカ系アメリカ人を指しているだけ、と語っています。つまり、タイトルの意味は、”典型的なアフリカ系アメリカ人がクローンされている”、ということになります。

街の地下に張り巡らされた地下組織では、ジョン・ボイエガ演じるフォンテーンの”オリジナル”の老人が主導して黒人クローンを大量生産しています。

老人は、『絶滅するぐらいなら徐々に白人化するのだ』 と言い、実際に様々な”白人化”の実験が行われている様子が映ります。

これは、監督の出身地アラバマ州タスキーギで、かつて40年間に渡って実際に行われていた黒人を使った医療実験、「タスキギー梅毒実験」をモデルにしていると思われます。

(アラバマ州タスキギーで、梅毒に掛かっている黒人を治療せずに観察し続けたという差別的な医療被害)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%82%AE%E3%83%BC%E6%A2%85%E6%AF%92%E5%AE%9F%E9%A8%93


この映画で何が言いたかったのか。それは、白人による黒人差別の構造は今も続いているのではないか、という不信感だと思います。

映画に登場する唯一の白人リーダーの名前はニクソン。

ニクソン大統領は在任中、目に見えた黒人差別政策を取らなかった一方で、貧困層による福祉政策へのアクセスをしにくくしたことで、結果的に貧困の格差を固定化したとも言われている人物。

つまり、目に見える黒人差別こそ少なくしたものの、貧困の格差を解消するための根本的な対策を打たないことで白人が黒人を支配する構造を固定化し、結果的に今も黒人奴隷制が、より巧妙で見えにくい構造となって継続しているのではないか、という不信感を突いた映画になっているのだと思います。


地下組織で作られた大量の黒人クローンたちは、”替えの効く存在”として貧困の街で麻薬の売人であったり、ポン引きであったり、売春婦として働かされ続けている。

文句さえ言わなければ貧困の中で普段の生活は保障されているが、それに意を唱えると抹殺される。すなわち、ピラミッド組織を構成するシステムの部品としての役割を演じ続けさせられているということ。

支配層と被支配層のピラミッドの上位層に居る人間がその地位を守るためには、格差を固定化し逆転を許さない仕組みが必要であり、また、巨大なピラミッドを維持するためには、底辺もまた、大きくなければならない。

本作は、多くの”タイローン”たちが、支配層を支えるためにシステムとして生きていることを示唆したディストピア映画であり、それをスタイリッシュなSFコメディとして表現した若手監督が注目されるのも当然のことなのだと思います。

、が、日本人の自分にとっては難しい映画でしたー。


■ 参考(英語情報)
The Personal Back Story Driving ‘They Cloned Tyrone’ - The New York Times
https://www.nytimes.com/2023/07/21/arts/cloned-tyrone-juel-taylor.html

They Cloned Tyrone: Juel Taylor on Why Title Character Shows Up at End – The Hollywood Reporter
https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-features/they-cloned-tyrone-juel-taylor-end-1235562373/
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