ジェイコブ

NOPE/ノープのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

NOPE/ノープ(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

ロサンゼルスの郊外に佇む小さな牧場に住むOJは、ある日、空から降ってきた謎の落下物が原因で父を目の前で失ってしまう。父の急死に伴い、彼が生業にしていた映画撮影用の馬の調教を妹のエムと共に引き継ぐが、思うような評判は得られずにいた。牧場の馬を売りながら生計を立てていた二人は、ある日牧場の空に謎の未確認飛行物体が浮遊している事に気がつく。OJは、「それ」が父の死の原因であることを知り、エムと共に正体を突き止めようと動き出すのだが……。
「ゲットアウト」「アス」のジョーダン・ピール監督最新作。ゲットアウトでも主演を務めたダニエル・カルーヤを主役に迎え、父から継いだ牧場を正体不明の何かから守り、その姿を映像に収めようとする兄妹の奮闘が描かれている。
SF×西部劇という異色の組み合わせの本作ということだが、ベースにあるのは西部劇だろう。自分達の敷地(縄張り)をどこからともなく突然現れた来訪者によって荒らされ、仲間と共に立ち向かう姿は、「荒野の七人」を彷彿とさせる。また、一攫千金を狙い、超常現象をカメラに収めようとムチャする一行の姿は白石晃士のコワすぎシリーズを思わせる。他にもジョーダン・ピール自身が語っているように、エムのバイクはAKIRA、怪物はエヴァから着想を得ており、日本の特撮作品からの影響も見て取れる。
本作は一見すると、彼のこれまでの作品で描かれた痛烈な社会風刺は鳴りを潜めているようにも思える。しかし、旧約聖書のナホム書の一節が冒頭で引用されていることからも明らかなように、本作では何でもかんでも思い通りにできると勘違いする人間達の傲慢さを揶揄している。他のレビューでも語られているように、劇中のチンパンジーのゴーディが暴れた事件の元ネタは2009年の人気チンパンジーの飼い主の友人チャーラ・ナッシュが、興奮したチンパンジーに襲われ、顔面損壊、両手の切断という大怪我を負った事件が元になっている。日本でチンパンジーといえば志村動物園のパン君が記憶に新しいが、BBCアース等の自然ドキュメンタリーを見れば分かるが、狩りの際に自分達よりも小型のサルを襲って石に頭を叩きつけて脳髄を割って肉を食べるなど、チンパンジー本来の獰猛さは言葉を失うほど(なんなら怪物よりも怖い笑)。一般の成人男性だったらワンパンで軽く気絶させてしまうくらいの腕力なわけだから、子供のチンパンジーといえどその扱いにはかなり慎重にならなければならない。幸いパン君は何事も起こさず、大人になるにつれて動物園に返されたが、人間達の都合で見世物にされる動物達は今もいて、人間の不注意が原因で死ななければならなかった例も多くある。代表的な例が同じ日本テレビで放送されていたzipの人気犬ジッペイの事件だろう。吠えて子供を怖がらせないようにという何とも身勝手な理由で声帯を切られ、声を出せなかったがために、猛暑の中で車に置き去りにされても声を出せずに息を引き取ってしまった。本作のゴーディもそうだが、本来は人間が細心の注意を払って取り扱わなければならないはずの動物を、人間の勝手な都合で面白がり、その結果起きた事故に対してまるで物を捨てるかの如く殺処分という形で対処する。ジョーダン・ピールが本作で描いたのは、「面白さ」という崇高な動機の元、何でも自分達の都合通りになると思い込む人間達の「エゴイズム」と、その利己主義が招いたツケを支払わされる事の「滑稽さ」であろう。抵抗しないと思っていた動物から反撃を受けたとき、慌てふためく人間達の間抜けさは、まるで近年のパワハラ訴訟で訴えられる著名人達にも通じるものがある気がする。
現代版西部劇としてみると、負け犬が最後に勝つストーリーとして非常に爽快なものだったが、SFとしてみるとどちらかと言えばゴーディの印象の方が強く残ってしまったのもあり、怪物の特徴がイマイチパッとしなかったのと、人間達との死闘をもう少し長尺で観たかったのが残念なところ。