なべ

MEN 同じ顔の男たちのなべのレビュー・感想・評価

MEN 同じ顔の男たち(2022年製作の映画)
2.8
 予告編を観て楽しみにしてた作品。「もう終わりにしよう。」のジェシー・バックリーの緊張した面持ち、リンゴが一斉に落ちる印象的なカット、トンネルの向こうに見える人影…どれもこれも好みだ。これが期待せずにいられようか!

 ヒロイン・ジェシー・バックリーの静かな演技はとてもよかった。金切り声はあげないし、異変があればすぐに警察を呼ぶ。あえて怪しいところに踏み込んだりもしない。ホラーヒロインとしてはかなり理知的だ。これは期待できそう。
 暴力で妻を支配しようとするクズ夫の転落事故死から、傷ついた心を癒そうと、リッチな古民家ホテルにやってきた導入部はいい雰囲気。都会の息苦しい部屋とのギャップが気持ちいい。
 宿のオーナーのちょっと嫌な感じとかも不快すぎなくていい予感。
 散歩で見つけたトンネルでこだまを使った肉声ループミュージックなんてめちゃくちゃいいじゃん。心地よくてニヤニヤしちゃったよ。そのあとやってくる違和感を際立たせる快感として申し分ない。
 まあ考察厨でなくても、トンネルが出てきた時点で、ここがこちらとあちらとの境界だとわかるよね。というわけでこちら側のイベントスタート。
 トンネルの向こうに現れたシルエットを見て、慌てて宿に逃げ帰る途中、ハーパーは廃屋前に全裸男が突っ立ってるのを見かける。一瞬、イットフォローズの屋根の上の全裸男か⁉︎と記憶がざわめく。うん、まだ死は遠くにある状態だから大丈夫ってね。ここまで満点。
 だがこの作品、こうした違和感や嫌な感じを積み上げていくスタイルではなかったのだ。ぼくはてっきり罪悪感が増幅する恐怖ものと期待していたのだが、「ほんと男ってやつは…」ってジェンダー論みたいな妙な展開を始める。えー、せっかくいい感じだったのに。
 例えば#MeTooムーブメントを受けた性暴力被害者の逆襲みたいな強烈なメッセージ性があればまだ素直に受け入れられた。あるいはプロミシング・ヤング・ウーマンのような緻密な復讐劇でも全然よかった。でもそういうんじゃなくて、なんていうか、トキシックマスキュリニティをトピックとして取り込んだみたいな間の抜けた感じに転調する。“有害な男らしさ”から派生するトラブルに翻弄されるヒロインって…なんかこの話めんどくさい。Twitterにいるリベラル派の声のでかい奴みたいな。

 「同じ顔の男たち」ってすごく引きの強いサブタイトルじゃない? どういう意味なんだろう?どんな話なんだろう。示唆に富んでそう。ぼくはすごく好奇心を刺激されたよ。それがどうだい、有害な男らしさを発露する野郎どもを通分したらロリー・キニアになりましたってだけ。なんてことはない、名探偵コナンの黒い犯人役の顔をロリー・キニアに演じさせたみたいな。
 それもどうやらハーパーがそれぞれの男を同じ顔と認知してるわけではなさそう。同じ顔に見えてるのはあくまで我々観客だけみたいなのね。そんなの驚きもクソもないじゃん。いや、むしろ驚いたね、そんなショボいアイディアで勝負してくるのかと。
 おそらくだけど、つくってる本人も中身がないのに薄々気づいてて、無理くりなんかありそうに見せてるフシがある。
 例えば序盤でハーパーにりんごをかじらせて、「はい、原罪一丁あがり!」「女は産みの苦しみを与えられました、てへ」みたいな。そういうベタな仄めかしをするかと思えば、グリーンマンやシーラ・ナ・ギーグを表裏一体で登場させて、キリスト教以前のケルト人の古い男女観みたいな思想も取り込んでますよってね。
 誉めて欲しいのか? 含みを持たせたつもりかもしれないが何も語れてないから。アイディアは展開されることなく、ただの思いつきのまま。見ててだんだん腹が立ってくる。
 こっちはそういう“仄めかし”をされるとつい身構えちゃうのよ。どこまで掘り下げるんだろうと。
 結局、提示された物語はきちんと閉じられず、よくよく考えみるとそもそも始まってもなかったのではと、悪質な肩透かしを食ったような気分を味わうことに。
 禁断の実を食ったハーパーではなく、同じロリー・キニアの顔を持つ男たちがマトリョーシカよろしく出産を繰り返し(なんで?)挙げ句の果てに現れた夫。そして彼は言う、愛が欲しかったと? はっ、舐めんなよ!どんな話だよ。罪悪感に苛まれていた女は、今度は自らの意思で能動的にふてぶてしいバカ夫をぶち殺すのでした。めでたしめでたしなのか? しょーもないんじゃああああ!
 原罪を問うほど、ちゃんとした話じゃないし。むしろこんなレベルで宗教観をまぶすとかバカなの? メタファー失敗! やり直し!
 最後、クルマをかっ飛ばして駆けつけてくれた親友が、ご丁寧に妊婦だったのもクソ意地悪いいやらしさを感じたところでジ・エンド。
 場内が明るくなるやいなや、隣の友人に「絶対考察なんかしてやんないもんね!」と吐き捨てた。
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