アン

MEN 同じ顔の男たちのアンのレビュー・感想・評価

MEN 同じ顔の男たち(2022年製作の映画)
3.6
包丁、裂けた手、ポストの投函口、トンネルなど。生殖器のメタファを描き続けていることに目がいく作品でした。

開始すぐにリンゴ(知恵の果実)を躊躇なく口にするところからすでに、主人公ハーパーがなんらかのほのめかしをうけていることが示唆されていました。聖書では、エデンの園に生えていた2本の木の一つになっていた知恵の果実を食べるようにアダムとイブをそそのかしたのは蛇とされています。また聖書の中で毒蛇を退治する描写がありますが、蛇を退治した動物は牡鹿になっております。序盤にはさまれる鹿の死骸が朽ちていく描写は、本来蛇を退治する鹿の不在を表現していたのだと思います。
ハーパーが何の迷いも無しにリンゴを食べるのは、すでにハーパーが善悪を身につけなんらかの罪を負って楽園喪失状態にあったからかもしれません。

たんぽぽんの綿毛はまぎれもなく、精子のメタファでした。妊娠させることは、つまり植え付けることであり、この作品の中では綿毛は鹿の死骸に蛆虫をもたらし、トンネルから走り去った後に主人公ハーパーの前に飛んできた一つの綿毛はハーパーにある種の考えを植え付けた。おそらくこの考えの移植により、登場する男たちの顔が無意識下で同じになってしまったのではないでしょうか。
妊娠の行為の表現として、包丁を腹部に突き刺すものがありました。
一見すると唐突に始まった出産シーンですが、トリガーとなったのはハーパーが男に突き刺した包丁、つまり男根のメタファが原因です。

車で追い回されるシーンがありましたが、それも車が精子、主人公ハーパーも精子のメタファと考えることもできます。一般的に卵子にたどり着くことができる精子は一つだけになります。車に追い回されうねうねと走り回っている様子を、卵子に辿り着こうと必死に泳ぐ精子をイメージして作られたとするのならば、主人公ハーパーが間一髪で逃げ込んだ生垣の狭い隙間と、入れずにぶつかった車は、生垣が卵子であり受精の瞬間、車が生存競争に敗れミトコンドリアを失った精子ということができます。

そもそもが何が原因で男たちの顔がみな同じに見えているのでしょうか。
おそらく主人公の中に 男はみな同じ生きもの というような考えが根底にあったのかと思います。多くの人が自分の飼っているペットの顔くらいしか動物の顔を種類種族以外で認識できないように、主人公にとって男は男という種族でしかなくなっていたのでしょう。考えられる原因はさまざまですが、決定的となったのは自殺か事故かわからない夫との関係の破綻です。踏み込んでみると、おそらく生殖活動(子供を儲ける、性生活)の不一致なのではないかと思います。それは 愛が欲しい というセリフから見て取れます。
妊娠中の友達が迎えに来るのも皮肉か、この作品へのヒントのようにも見えました。

現れる男たちはラベリングされた男の代表であり、実際にはひとりで何か考えに取り憑かれ暴れ回っていただけかもしれません。
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