妙子は幼い息子を連れて二郎と再婚した。ふたりの結婚に反対していた義父など小さな問題もあるものの、3人で仲良くくらしていたのだが、ある事件が起こったことで日常が消え去り……。
深田晃司監督最新作。強烈だった。
どこにでもある幸せな日常の中に最初から見え隠れするほんの少しの陰。それがある出来事によって噴出し、それまで見えていたキャラクターの人間性や関係がガラッと反転していく。なんといっても、あくまでも「普通の人々」の範疇でこれを描き切るのがすごい。そこまで特殊なキャラクターはひとりも出てこないのだ。
妙子の元夫が乱入してきてからさらに物語が動くのだが、この元夫が外国人かつ聴覚障がい者という設定なのも上手い。妙子との間でのコミュニケーションが韓国手話なので、それまで妙子＆二郎だった構図が瞬時にして妙子＆元夫に変わったのだ（二郎はふたりが何を話しているのかまったくわからないため）
最初に見えていたものから反転に次ぐ反転が起こるのがまさにオセロのようなのだが（妙子の息子はオセロの名手）、次々と出てくるちょっとした意外性が観る者の心をザワつかせる。なぜなら、彼らがあまりに人間らしいから。言ってはいけないことを口走ったり、やってはいけないことをやってしまったりする様が、いかにも自分もやってしまいそうで痛い。隠そうとしていた自分の一面がふいに剝がされたような気がして、ヒリヒリした。
ずっと「普通の人々」の範疇にとどまっていた物語は、終盤で一気に逸脱する。この展開を見て私は『寝ても覚めても』を思い出した。
一見するとあり得ない行動が、真に人間らしく感じる瞬間。冷静に判断すれば100％ないが、頭の中では想像してしまう思い切った行動というのがある。それが現実になってしまったときの不安と爽快感。わからないのだが、すごくわかるというあの感覚を『寝ても覚めても』以来に味わった。妙子という複雑なキャラクターを普遍性を持って演じた木村文乃は素晴らしい。妙子は複雑極まりない人物だが、木村文乃が命を吹き込んだことで彼女こそが人間そのものだと思わされた。
最高のラストカットを含めて、すべてのショットに無駄がなく知的に構築されていたのも圧巻。
