ぼっちザうぉっちゃー

かがみの孤城のぼっちザうぉっちゃーのネタバレレビュー・内容・結末

かがみの孤城(2022年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

あんまり期待はしていなかったんだけれど、とても良かった。
原作既読であったため、本編で描かれていない部分に関しても積極的に感情移入していたところはあるが、それを差し引いてもものすごく綺麗にテーマを描き切っていて素晴らしかったと思う。

アニメならではのところで言えば、「音」がとても良いなと感じた。特に鏡周りの「パキパキ」という音が、鏡の中に引き込まれるということの神秘性やそのときの感触などを巧みに表していた。その他日常の生活音なども部屋の「中」と「外」を印象付ける重要なファクターとして丁寧に演出されていたと思う。
そして声優の演技についても恙なく、主人公の不熟さ、母cv麻生久美子、喜多嶋先生cv宮崎あおいが際立って良かった。個人的には女子側にも、フウカあたりに当てて欲しい女性声優は多くいたが、およそ問題はなかった。

ビジュアルの面においては特に、終盤のクライマックスに向けての改変が印象的だった。光る階段や幾層にも重なった透明な鏡、時計の裏世界など、アニメーション的な映えの部分もしっかり感じられる良い肉付けだったと思う。
そして個人的に注目したのは「足下」の演技。原作でも触れられていたと思うが、鏡の中の世界は土足であり、入る際には靴を履く。持っていき、入ってからつるつるの大理石の上に置いて履く。机の下から取り出してくる様子も含めたその描写が細かくて、なにか生活的な等身大のリアリティが感じられるようで嬉しかった。
またテーマ的にも、冒頭における雨にぬかるむ道と重い足取り、クライマックスにおける光の階段と一歩一歩踏みしめる足元、ラストにおける桜舞うアスファルトと歩みだす二人の足並み、など「世界との接点」である足下から表現する意図も明確に感じられた。

脚本としては、一本の映画にまとめる以上尺的に犠牲になった部分であったり、逆に補填されたリオンと姉のパートであったり、必要最低限でなおかつ分かりやすい調整がなされていてほぼベストな出来だったと感じる。
そんな中、何より強烈に良かったのが、主人公こころが体験した圧倒的な恐怖感と静かな孤独、そのリアリティである。
どうしても万人に伝わる表現だと、「いじめ」というレッテルを貼ったいかにもな仕打ちが描かれがちだが、現実において、学校という空間において、あるのはただ漠然とした「空気」である。そして空気というものはまた、当たり前にあるものであり、吸って吐いて、生きていくのに必要なものでもある。ある空間における「空気」に何らかの問題が生じたとき、それは目には見えない形で、しかし確実に、人を内側から蹂躙していく。そこは身悶えるような息苦しさの、水中と化す。そして安心できる場所ですらまともに呼吸が出来なくなったときに初めて、本当に人は扉を、心を閉ざし、水底で息を潜めるように暮らし始めるのである。
本作はこういった、噓臭さや虚飾の無い、ありのままの心の傷を忌憚なく描いた、とんでもなく貴重な作品だったんじゃないかと思う。

うんざりするほどの弱さ、人間的な弱点、欠点を数多描きながら、伝わってくるのはそれと鏡写しにされた圧倒的な「強さ」。そして「学校に行け」でも「部屋から出ろ」でもなく、ただあくまで「“大人になって”」という言葉。それは内面的な自立や社会的な通用を求める意味でなく、ただそのまま「生きて」、「成長して」、という額面通りのメッセージだ。今より少しだけ長く生きれば、今とは違う場所へ行ける。今ではない誰かに会える。なにも水中で息が出来るようになる必要なんてない。
それはどんな気休めより確かで、心に残り、時に背中を押し、時に手を引く、お守りであり道しるべのような祈りだ。

おとぎ話のようなファンタジックさでありながら、現実として、必要とする人の心を刺し、
そしてエンタメとして、より多くの人に「刺さる人には刺さる」を届ける、極めて力強い作品だった。