夏藤涼太

かがみの孤城の夏藤涼太のレビュー・感想・評価

かがみの孤城(2022年製作の映画)
4.1
予告を見てもアニメーションとしての妙味みたいなものが感じられず、原恵一もピンキリなところあるし、これは凡作だろう…と劇場公開時はスルーしたのだが、原作既読者からの評判がやたらと良かったので、金ローで初めて見た。

確かに良かった。

もっとも映画よりも原作の方が、話としては面白く、テーマに深みもあり、ミステリーとしても優れていたと思う。ただ、原作は確かに面白かったし、志は素晴らしいと思ったものの、個人的には、そんなに絶賛されるほどか?という感想だった。

…のだが、この映画版は感動した。
優れているはずの原作よりも心をうたれた。そして同時に、なぜ原作が自分にあまり響かなかったのかもわかった。

もちろん原恵一の演出力がズバ抜けているというのはあるが、演出力なら辻村深月だって怪物級に上手いので、そこではない。おそらくは、物語の構造的な違いだ。

原作はイラストもキャラデザもなく、心情がびっちり描かれる小説であるため、どうしても主人公たちに感情移入(ライド)することが必須の構造となっている。だが映画版は、映像というメディアの特性上、原作より客観的に見ることになる。また尺の問題もあり、こころ以外はそもそもバックボーンがほぼ語られていない。
つまり、映画の方が「感情移入しにくい」のである。これは一見すると欠点なのだが、しかしだからこそ、個人的には感動できた。

つまり、こころたちにライドして主観的に物語を追体験するのではなく、アキを見守る(ある意味親の)視点で客観的に見たからこそ、ラストの「大丈夫」というセリフに、そして彼女が乗り越えてきたであろう"物語"に感動できたのである。

というのは、自分がこころやマサムネ、ウレシノみたいな、いわゆる学校行きたくない・イジメられている系陰キャの気持ちに、(客層的に他の漫画やアニメでも多いけど)あまり共感・ライドができないから
…というだけで、やはり主人公たちに近い境遇・メンタリティの人には、より感動できるし、のめりこめるのだろう。またそういう人には、原作の方がオススメかも?

というのは、本作は丁寧に作られた優れた物語であると同時に、アニメーション映画としては、欠点や文句をつけたい点が多いからである。

仕方ないとはいえ前半の展開が早すぎる(もっともこれは金ローのカットでなおさらそう思ったのかもしれないが)とか、ラストのリオンとこころの邂逅にご都合主義感が感じられるとか、やっぱり作画・絵柄は昨今のインフレ化した劇場アニメのクオリティと比較すると残念だしあまりアニメである意味を感じなかった(オオカミから逃げるシーンこそアニメ映えしそうなのなかったし)とか、キャストの演技力にバラツキがあって集中できないとか、あのキャラの声優が違うのはミステリーとしてはアンフェアだろうとか、コロナ後の制作なんだから漫画版の伏線(なんなら令和ネタ)も入れるべきとか……まぁ細かい所は色々と気になった。

しかし、やはり原恵一の演出力はピカイチである。
オルゴールみたいなアニメならではの演出や秀逸なプロローグ、セリフに頼らない映像による描写はもちろんのこと、"悪意"の描き方が、あまりにも上手すぎるぜ……
夏藤涼太

夏藤涼太