春とヒコーキ土岡哲朗

神は見返りを求めるの春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

神は見返りを求める(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

町で叫ぶおじさん、誕生の秘密。

狂人の暴走の全て。
ムロツヨシがどう怖いんだろうと思って見に行ったが、序盤はムロツヨシ演じる田母神が悪いと思うところが一切ない。無償で休日や仕事の合間を使ってYoutubeを手伝い、相当に貢献して、これであわよくば付き合いたいなんて見返りを求めても何もおかしくない。
若葉竜也演じる後輩が「合コンにいたみづきちゃん、食いました」と報告してきたときに真顔になった瞬間は、イケイケへの劣等感・嫌悪感がにじみ出ていたし、怒ると無表情になる不気味さはあった。
でも、二人でYoutubeを楽しく頑張る姿には、ここから田母神が悪くなるんだろうかと疑って見ていた。
そしたら、先に悪くなったのはゆりちゃんだった。ゆりと、イケイケなヤツらから見下される田母神。そして、怒りが爆発して暴れ出す。最初は田母神の方が被害者で、狂人が出来上がるプロセスを描いた映画だった。傲慢になったゆりに虐げられる時間があってからの、暴れ出した田母神を応援する楽しいホラー映画。そこから、傲慢女とバケモノ男の悲しい人間ドラマになっていく。

1時間45分の間で評価ががらりと変わるゆり。ゆりの動画のコメント欄に「勘違いブス」などとコメントが来るのは、かわいい岸井ゆきのさんが演じてるから、そんなアンチコメントばかり来るのは無理があるよと思って見ていた。しかし、ゆりが傲慢になってからは、大嫌いになった。ゆりが他人のチャンネルの動画で裸になったときに、安く利用されているのは明らかで、田母神がショックを受けるのも祝福しないのも当然。ただ、それで「反響の多さに喜んでくれると思ったのに」と落ち込むゆりの気持ちも分かる。芸能もYoutuberも、知名度を得られることは重要。やりたいことを成し遂げないと意味はないのかもしれないが、知名度がない苦しみを脱したくて目先ことをするのも非難できない。そこから有名Youtuberになったゆりは傲慢になる。思うような撮影ができないときにやや後ろ向きに「できる範囲で」と言う姿や、生ユッケで炎上したときに田母神に体で償おうとするなど、そもそも自分がなかった。自分の悪口を言っている同僚が、陰口をゆりに聞かれたことが分かっているにも関わらず「ランチ行こう」と言ってきて、ゆりがそれについていったときは、「今のなかったことにしろよ」という暗黙の脅しを受け入れる弱さが出ていた。そんな彼女が、唯一肯定してもらえる相手だった田母神が、裸になった自分を否定したのだから、彼女は裏切られたと思って敵意を持ってしまった。暴走した田母神と罵り合ううちに、「どうせくだらない、今だけちやほやされることやってるって思ってるんでしょ」と劣等感を露わにする。世間の声を気にしないほどの自信はない。それでも、田母神から「そんなことは思っていない。ただ誠意を見せてほしいだけ」と言われ、自分が変わっていったことを自覚し、罪悪感を持つようになる。サイン会でファンに「映画や音楽とちがって残らないものだよ」と言うと、ファンから「いつも見てて楽しい、それができてるだけじゃダメなんですか?」と言われる。世間がどう言おうを、自分が胸を張っていられればいいだけ。気にしていたのはゆり自身。自分の中身がないから、調子に乗って人気者という状態を実感するしか満たされる方法がなかった。健気なヒロインがムカつく悪女になり、元通りにはならないが、反省した。そこで終わってもいいところ、彼女には全身大やけどという辛い展開が来る。ジェイコブの着ぐるみを燃やした罰のように。彼女はジェイコブを全焼させなかったが、それでかろうじて彼女も全焼はせず一命をとりとめたようだった。反省しても、全てがチャラになるわけではなく、悪いものは帰ってくる。

暴走するが、そのプロセスから同情できてしまう田母神。
道でぶつかった会社員に向かって絶叫し「拾えよ!」とブチギレるところは、ここだけ見たら意味不明なヤバイ人だが、それまでのストレスを見ていたら、そりゃこうなるわな、と。生ユッケ炎上の件をゆりが「店が悪いんじゃないですか。こっちは被害者ですよ」と言い出したときの、「すごいね」には強く共感。後輩の「あの子食っちゃいました」発言に真顔になったことを振り返ると、怒ると無表情になりネガティブな感情を何も表さない人は、溜まったら爆発してしまうんだなと思った。表に何も出さないという形で処理すると、その場は波風立てないが、負の感情が内側に溜まる。田母神はもともと、ギャンブルで身を崩して会社をやめた後輩に、お金をたかられていた。優しすぎてダメな人。それが、ゆりが態度を豹変させて自分を馬鹿にし始めたストレスから余裕がなくなり、金を貸さなくなったら、元後輩が自殺した。田母神のせいみたいなタイミングで自殺されてたまったもんじゃないが、相手には分からない自分目線での苦しさがあるのは田母神も元後輩も同じ。次は田母神がああなってしまうかもしれない。そうなったら、むしばまれるのを待つのでなく、自分から攻めないとという生存本能もあって、彼は暴露Youtuberになる。

軽薄なYoutuberコンビのビジュアルや演技が見事だった。若者向けにだらだらと行儀悪くしゃべる類のYoutuberへの悪意に満ちていて面白い。ゆりが「くだらないと思われることでも必死に頭使って考えてる」と田母神に怒るシーンがあるが、そういうセリフを入れてYoutuberのこともバカにしているわけじゃないですよと言い訳を入れて、クマ撃退スプレーでやられる姿はバカすぎて、本当に監督は(少なくともこの手の)Youtuberを見下しているんだなと思って痛快だった。

田母神の会社の後輩を演じる若葉竜也もすごい。最初は、合コンでのノリがちゃらいけど、そこに数合わせといえ田母神を呼ぶし、田母神に「あいつに金貸すのもうやめたほうがいいですよ」と言ったりするから、そんな悪いヤツじゃないんだろうなと思ったら、そんな大それた悪いことをしないだけの、薄っぺらいヤツだった。ゆりが「田母神さんってセンス古いのかな」と言ったら「シニア向けの仕事ばっかりしてるからね」と自分で言ったのに、「あいつ、田母神さんのことシニア向けの仕事ばっかりしてるからセンス古いって言ってましたよ。おれブチギレそうになりましたもん」と、全部ゆりのせいにした上で自分は良く見えるように田母神に伝えるところで、こいつしょうもないなと笑ってしまった。自分の気持ちに嘘をついたしっぺ返しでボロボロになるゆりと田母神に比べ、こいつは自分をごまかしても罪悪感なく、安全圏で生きていられる人間。それが最後に二人から嫌いと言われ、「田母神さんに言われたくないっすよ。田母神さん重症ですよ」と言ったら、田母神に「そんなおれに言われるお前も末期だぞ」と返される。おかしなことを気にせず平然と生きている人の方が末期なのかも知れない。ゆりと田母神はもともと、違和感に対してすぐに反応はできないけど、しこりが残る人。それは不器用だけど、半分素直。しかし、そんな二人が、大やけどと、おそらく死亡エンド。決して「そんな人こそ素晴らしいよ」というメッセージはないが、ムロツヨシがボロボロになりながら思い出のダンスをして「クソ天気いいわ」と二人が仲良かった序盤のシーンを踏襲する終わり方は、報われないけど鈍い人間よりは尊いと思えるラストだった。