今更ながら、再度、見ましたので感想を。
歳を重ねてから見ると、
男目線に加え、父親目線にもなれるのはいい。
(…イイ歳した独身なので父親目線『気分』ですが)
改めてみても、やはり
不確定要素が多い復讐ではないかと思います。
『術』ありき、『かかっている』前提でないと
成立しない事が多い気がします。
しかしながら、
全て『かかっている』とした時に、
これ程、恐ろしい手段はないのではないかと。
※邦画の『催眠』だったか…
特定音で自殺するプログラムが発動する、
直接的に死ぬ訳ではなく、
死に向かう為の行動を始める…でしたかね。
実際、催眠や暗示に『そこまで』の効力はない、
…とされてはいますが、
かかる人、全くかからない人、
好き嫌いすら無くなる人、服を脱ぐ人…、と
軽微な段階で既に差異がある以上、
『そこまで』基準が曖昧ですよね。
ひょっとしたら!?…と思ってしまいます…
敢えて回りくどく、というより、
『ナゼ、開放されたのたか』
…に向かってじっくりと知らしめる…
十二分に対等足り得る敵の嫁殺し…
これすら、
復讐のかけらでしかないのでしょうね…
ラストの、雪のシーン…
木に『向かう足跡』の意味深さ、
愛してるよ『おじさん』に対する笑顔の意味深さ、
秀逸でしたね。