パングロス

螢火のパングロスのレビュー・感想・評価

螢火(1958年製作の映画)
3.4
◎モダニスト五所監督の苦心惨憺たる寺田屋日乗

1958年 歌舞伎座製作 松竹配給 123分 モノクロ
スタンダード *音質良からず聴き取り難し

社会派モダニストの五所平之助監督が時代劇?と半ば驚きながら観はじめたが、どうもいつもの五所節が封じられたせいか、調子がおかしい。

役者の音声が、アフレコなのだろうが、画面の口の動きとズレまくっている。
後半では気にならなくなったので、フィルムの不都合が原因だったのだろうか?
それとも、ポスプロの時間が押して、こんなことになってしまったのか?

【以下ネタバレ注意⚠️】




寺田屋事件も登場するが、本筋扱いでないせいか、役者もショボい。
おまけに、斬った張ったの乱闘も、殺陣の段取りが悪くて、どうにも観ていて落ち着かない。

芥川也寸志の音楽も、なぜか姑(三好栄子)の登場シーンで、オドロオドロしげな音楽を流し続けるなど、不調和な点が散見される。

伏見の船着場や、伏見の町の遠望は、近隣ではあるが現在の久御山町東一口(ひがしいもあらい)あたりを伏見に見立ててロケしたと思われるが如何だろうか?

今もフォトスポットになっている、寺田屋にも近い月桂冠大倉酒造の酒蔵も映し出されていた。

いずれにせよ、京都での撮影を敢行したと思われるが、海千山千の京都撮影所の時代劇スタッフと五所監督との意思疎通がうまく行かなかったのではないかと疑いたくなる。

最近、集中して古い邦画を観ることで、かの小津安二郎にも、市川崑にも失敗作があり、スランプ、不調な時期というものを免れなかったことを知った。

この人こそ、万全の安定路線か、と期待もした五所監督ではあるが、やはり初めての本格時代劇は勝手が違ったようだ。

文博シアターの入り口フロアに、本作『蛍火』のパンフレットが展示してあったので、鑑賞後に読んでみたが、時代劇に臨む意気は表明しているものの、なかなか思い通りに行かないことを正直に告白している。

なお、俳優の写真入りコメントは、
淡島千景
伴淳三郎
森美樹
若尾文子
の4人。

いわゆる寺田屋事件の舞台になった伏見の船宿「寺田屋」一家の人びとに焦点を当てた織田作之助の小説を映画化。
ただ、坂本龍馬の妻となったお良(若尾文子)を、寺田屋女将のお登勢(淡島千景)が引き取った孤児として設定しているが、実際のお龍さん、楢崎龍は寺田屋とは縁もゆかりもない。どうも史実をずいぶん改変している作品のようで、注意が必要だ。

五所監督らしさは、「世の中を良くするため」に、一切の欲得とは関係なく奔走する坂本龍馬(森美樹)の姿や思想に、お登勢やお良が惹かれていく、といったあたりにあったようだ。
しかし、そのあたり、本来なら龍馬が土佐藩や薩長の志士たちと意見を戦わせるなかで開陳されるところが、本作では、それらの場面は省略されているから、何とも説得力がなく、森美樹や淡島千景のセリフも勢いわざとらしく生硬で説得力に欠けている。

本編のメインとなるのは、
◇お登勢が「水呑百姓」から格式ある寺田屋に嫁入りしたため、婚礼の日から姑に歓迎されず、イビリ続けられることや、
◇寺田屋の亭主伊助(伴淳三郎)が京都木屋町に妾お民(福田公子)を囲い、お民が寺田屋に乗り込み、伊助の子を身ごもったとお登勢に告げることや、
◇夫との不和から、お登勢も、龍馬に道ならぬ想いを密かに寄せ、龍馬から嫁に欲しいと告白されたお良から、そのことを指摘されること、
などなど、どちらかと言えば、大文字の「時代」劇というより、寺田屋を舞台とするホームドラマ、芝居で言う「世話物」の世界なのである。

「世話物」と言えば、溝口健二や成瀬巳喜男ならお手のものだし、市川崑も『ぼんち』で上手いところを見せた。
しかし、そもそも「近代」以前の家族観や封建社会の価値観に立脚し、登場人物の感情をねっとりと描く「世話物」の世界は、モダニスト五所平之助には最初から無理だったのではないか。

淡島千景は相変わらず上手いのだが、基本「忍」の一字に徹する人格なので、彼女本来の溌剌とした美点が活かされていない。

若尾文子の出番は終盤のみだが、輝くばかりの美しさと、並み居る先輩俳優に少しも物怖じしない押し出しの強い自然体の演技はさすが。

伴淳三郎は、東北は山形出身なのに、慣れない京都弁をボソボソしゃべる。
ちょっと何を言っているか、聴き取れないところが多かった。
ミスキャストだと思う。

龍馬を演じた森美樹は、豪胆なヒーローぶりが似合っているが、上述したように、寺田屋で一人過ごす時間ばかりで歴史に名を残す大人物らしくない。
(森美樹は。26歳でガス中毒のため早逝したとのこと。事故死か自殺かは不明とのこと。)

そうそう、芥川也寸志の音楽、ラスト近くで、NHK大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年)の主題曲にそっくりのメロディが流れていた。
モーツァルトも、ベートーヴェンもしていたので驚くことはないが、作曲家は結構使い回しをするものであるようだ。

《参考》
*1 「螢火 映画」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 【作品データベース】螢火
www.shochiku.co.jp/cinema/database/03134/

*3 螢火
1958年3月18日公開、124分、時代劇
moviewalker.jp/mv25427/

*4 一夜一話
映画「蛍火」(螢火) 監督:五所平之助
2022年06月01日 更新 2010年09月25日 公開
odakyuensen.blog.fc2.com/blog-entry-136.html

*5 日本映画1920-1960年代の備忘録
2020-10-02
蛍火  1955年 松竹
nihoneiga1920-1960.hatenablog.com/entry/2020/10/02/094700

*6 指田文夫の「さすらい日乗」
五所平之助はやはり良い 『蛍火』
16/12/18
blog.goo.ne.jp/goo1120_1948/e/cdcab879e18f4e2db007fd6c1bac6ebb

《上映館公式ページ》
京都府京都文化博物館
【生誕100年記念】映画女優淡島千景特集
Date
2024.4.2(火) 〜 5.9(木)
www.bunpaku.or.jp/exhi_film_post/20240402-0509/
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