ay

柳川のayのレビュー・感想・評価

柳川(2021年製作の映画)
4.5
3、4歳のころに住んだ柳川は、小さいころのやさしい記憶にあいまいに溶けて、自分のなかで時がとまった場所だった。 
柳川を舞台にした映画ができたと知って、それだけでただうれしかった。1人の女性と3人の男性の関係を軸に、思い思われすれ違い、終わらない夢をふわふわ漂う。故郷をもたない存在、精神的ディアスポラの物語。

柳川市内を縦横に流れる堀割の、ほのかに波打つ水面のように、手持ちカメラの映像がゆらゆらゆらめく。静かなリズムなめらかな動きのカメラに、登場人物たちの移り気な気分がのっかって空気をゆらしてこちらに伝わってくるような、そこはかとない気配が何かある。映し出される世界を哲学的に突き詰めて考えさせるような、繊細な空気感が、撮影自体にあった。生きがいをみつける場所、愛の記憶を探す場所として描かれる柳川は、現実なのか錯覚なのか、ゆらゆらした。

こじんまりとした劇場で、来日中だった監督のトークを聞いた。とても穏やかに話す方。少数民族の朝鮮族の出自で、中国に生まれ韓国で作品を撮る元文学者。柳川で映画をつくったのは商業企画ありきではなくて、監督自身が柳川を訪ねて美しく静かで自分の感情の流れがよくわかる場所だと感じたことと、”柳川”が中国では女性の名前に使われる漢字だったことからインスピレーションを得たのがきっかけとのことだった。

中国語、英語、日本語の、セリフのなかでの言語の混じりあいがごく自然で、境界が溶けあうようだった。歌をうたうシーンが頻繁にあって、相手を思い気遣いためらう人たちが、時おり非常にやさしく歌をうたう。うたうことが正直な気持ちの告白にもなってて、歌と感情がふとつながる。
どこにも帰る場所がない、結局はどこにも属せないということは、ただひとつの答えをもってない、はっきりとした色をもたない、溶けてつながりあえるということ。小さく、私的なようでいて、外へ外へ広がる物語でもあった。とても大切な映画になった。
ay

ay