真田ピロシキ

劇場版 Gのレコンギスタ V 死線を越えての真田ピロシキのレビュー・感想・評価

3.9
テンダービームはビームの芸術。目玉付きのピラミッドみたいな無骨なMAユグドラシルから放たれる拡散に拡散を繰り返す超広範囲ビーム。ただ貫くだけではなく切り裂いたりとまるで意志を持つかのような演出が乗り手であるバララの凶暴性を憑依させたかの如く魅せられる。攻防を両方こなすガイトラッシュのビームマントやダハックのビームシールドなども本作の豊富な戦闘シーンの華で、ビーム表現に多大なこだわりを持っていたGレコの集大成。

ビーム以外でもヘカテーとトリニティの2機でそれぞれビットとファンネルを使いこなすミックの凄腕ぶりが印象的だが、遥か昔はニュータイプ適性という枷があったファンネル系の凶悪兵器がこの時代では技量さえあれば誰でも使えるように一般化したことに危うさがあり、本作を貫く飽くなき技術発展への警鐘というテーマに連なる。そこはアイーダが死んだ父グシオンに対して発した台詞にも明らか。パーフェクトパックを装着したGセルフは最早どんな装備があるのか把握できないほどに多機能であり、その中には前作のフォトントルピードみたいな大量破壊兵器もあるわけで、カッコいいロボットアニメをやりながらもコインの表の裏としての危うさが感じ取れる。それでGルシファーが低出力月光蝶搭載してるのは科学文明は埋葬されるべきという思いが多少あって、このリギルドセンチュリーに対する安全装置が用意されてるのではと妄想が膨らんだり。それでもこの世界がある程度平穏だったのはキャピタルタワーを神聖視し科学技術をタブーとするスコード教の存在あってで、案外非合理的なものの方にこそ今の時代目を向けるべきと言っているように感じる。勿論カルト宗教は論外だけど。

カルトと言えば我が国ニッポンの惨状が思い出されますが、他にもマスクがジット団に対して「平和が長く続きすぎると軍隊に憧れるようになる」やアメリアの艦隊を見たクリムが言った「一体いくらの税金を費やしたんだ」という台詞(うろ覚え)にも風刺が感じられません?それと息子のクリムが戦死したと思いプロパガンダ演説に利用しようとするズッキーニ大統領の姿も今では国葬とかの影が。これはガルマ国葬のパロディ的な意味合いなのだろうけど。死んだことにされたクリムが報復するのが痛快で。

前作に比べると新規カットはかなり減っているが、匂わされてたアイーダ×ケルベスやTV版では置いて行かれたノレドへの優しさなどサプライズがあり。しかしパートナーかお腹に子がいたクン・スーンなどそれに近い存在がなければ生を掴み取れないと結果的に強まったのはどうなのという気もする。ロックパイを喪ったマッシュナーはTV版同様錯乱して戦死するし、脱出が確認されてはいるがバララはその後の生死不明。その辺は流石にご老体の感覚なのかなと。それとTV版から気になっていたローゼンタールは何故にあんなステレオタイプなオネエキャラなのだろうね。キンゲにもいて、その前の∀ガンダムでは当時では珍しい変な誇張のないゲイの主要キャラを出していただけに不思議だ。

それでも最後になる可能性が高い富野作品を存分に楽しむことができて満足。ガンダムを見ることも恐らくもうないので、色々と決着がついた思い。興行成績は良くないだろうが、自分にとってこの5部作映画はとても大きい意味のある作品です。