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ザリガニの鳴くところのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

ザリガニの鳴くところ(2022年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

弁護士先生の顔も声もやたら覚えあるなと思ったら、貴方『ボーン・アルティメイタム』のCIA局長ノア・ヴォーゼンか?
あとチェイスてめえは『キングスマン: ファースト・エージェント』のコンラッド君か。個人的に1作でしか見たことなかったのに強烈に意識に入り込んでくる人だな。


なんか、全体的に淡々としてたなーってかんじ。俺は何を見落としたんだろう。

1960年代。湿地でチェイス・アンドルーズという男の死体が見つかって、カイアことキャサリン・ダニエル・クラークという生まれてずっと湿地で暮らす女を被告として裁判が行われる。
得体の知れない"湿地の娘"を吊し上げる裁判は、物的証拠や証言の不十分さを淡々と指摘され、自分達と違うからと散々蔑んだ末に今度は噂程度のことで裁くのかと陪審員の胸を打つ弁論がなされ、カイアの無罪で幕を閉じる。

同時に、カイアの過去とその後を描く物語が並行する。
湿地の家で両親と兄と2人の姉と暮らしていた。父は日常的に暴力が激しく、外界を異常に嫌うためカイアの幼馴染のテイト・ウォーカーとの交流すら拒絶していた。やがて父との生活に耐えかねた母が出て行き、2人の姉とさらには兄も続いた。ある日母から届いた手紙を父はカイアに読ませず火をつけ、母の者も全て燃やした後に死亡する。
独りになった幼いカイアは湿地で採ったムール貝をジャンピンの雑貨屋に売って生きるようになる。学校には一度行ってみたが、靴も綺麗な服も持たず同年代の子供が知っている語を読み書きできないために笑われて帰ってそれっきり。独りのまま10年近く経った頃、テイトと再開する。大学進学を志す彼に読み書きを教わり、図書館の本を片っ端から読破するうちに2人は恋仲に。
テイトは進学のため町を出る。1ヶ月後の独立記念日に帰り、2人で花火を見る約束をしたが、彼は現れなかった。強い失望から立ち直った頃、カイアはチェイスと出会う。結婚したいとまで言ったチェイスだったが、彼には婚約者がいた。チェイスとの関係を切ろうとしたカイアを彼は殴り、犯そうとし、どうにか逃げた彼女を追って家を荒らした。彼から逃げながらの生活を続ける中、チェイスの死体が見つかった。
裁判で無罪を勝ち取った後は、兼ねてから進めていた湿地の生物を記録した本の出版を進め、幼い頃から世話をしてくれたジャンピンをこの世から見送り、事実婚の関係を結んだテイトとさらに研究を進めながら、湿地の家で生涯を終えた。

テイトは亡くなったカイアの遺品を整理しながら1冊の手記を手に取る。中にはカイアが贈った貝の首飾りをかけたチェイスの絵と、次のページにはその貝の首飾りの現物。テイトはそっと貝を波打ち際に放り出す。


最後の貝殻の首飾りはカイアが犯人っていう確定演出と思っていいか。真相を闇に葬るかんじの展開も確かに他作でちょいちょい見るし、本作もカイアの無罪判決により19mの火の見櫓から落ちて死んだチェイスの事件(あるいは事故)が迷宮入りしてあとは視聴者に委ねますっていうことにした可能性も無きにしも非ずなのかもしれん。ただ、それにしてもあの貝殻をテイトが見つけたのは確定演出感があまりにも強い。
殺人事件と仮定したら他に動機があるのはカイアを巡ってチェイスと喧嘩したテイトくらいしかいないと思うけど、そのテイトが貝殻を見つけて驚いてたってことはテイトは殺っていないということも同時に裏付けていると思う。

貝殻の首飾りは裁判でも争点になっていたことの1つだった。チェイスは肌身離さず身につけていたらしいけど死体発見時はなくて、殺した犯人が奪って行ったと推察されていた。で、その貝殻を奪おうと思うのはカイアくらいのものだろう、と。事件後にカイアの家を家宅捜索してもその貝殻は見つからなかったから、事件とカイアを結びつけるのは無理という弁護士先生の主張だった。
チェイスが鉄塔に頭打ちながら落ちたんなら首飾りの革紐がどっかに引っ掛かって千切れることもあり得るかなーとも思ってたけど、カイアの私物から出てきたんならこりゃあもう確定演出だろう。


物的証拠としてもそうだし、物語の意味的にもカイアが犯人ってのは硬いと思ってる。
死ぬ時は自然の中でそっと死にたいみたいな語りが最後にあって、死ぬ間際に母の幻と再開するいい感じの締めがあって、冒頭と同じような「湿地は死をよく知っているし悲劇にしない」みたいな内容に入って、ちょうどテイトが貝殻を見つけるときに語られたのが「獲物は生き延びるために時に捕食者を殺す」みたいな内容。チェイスはまあ確かにあの首飾りをずーっと身に付けてたくらいカイアが大好きだったみたいだけど、カイアが自分の所有物じゃなきゃ嫌な"捕食者"だった。カイアの母にも姉や兄にも見放された父親と重ねられていたように、チェイスもまた愛した者を殴って強引に服従させようとした。そんな"捕食者"を"獲物"であるカイアが殺したんだと思う。

本当はカイアが殺したとかどうとか、そんな話だけじゃないのかもしれん。カイアがチェイスを殺したのを自然界での弱者の生き延び方と重ねたのなら、裁判自体も自然界での弱者の戦い方の描写だった可能性があるんじゃないか。外敵に見つからないように擬態するみたいなあれ。
狼と交わるだの人間と猿の間のミッシングリンクだの暗闇で眼が光るだの、微塵の知性もない外界のクソ共に噂されて蔑まれた立場を今こそ自分の持てる強力な武器にして、世の冷酷さを孤独に耐えるいじらしい女性として、弁護士先生とさらには弁護士先生経由で陪審員の同情を集めたんじゃないか。決定的といえる証拠がなくて有罪とも無罪とも言い難い状況を、この同情により一気に無罪に傾けさせたんじゃないか。
(まあ結局、推定無罪の原則ってのがあるみたいだし証拠があの程度なら無罪にして然るべきなのかな。)

擬態という話だと、出版社の人と会ったときのこともすごいな。カイアがチェイスを殺したとしたら、裁判で述べられた話だと、夜にバスで町に帰って1時間足らずでチェイスを見つけて火の見櫓に誘い出して突き落として殺して外した格子についた指紋だの自分とチェイスの足跡だのを消してまたバスでホテルに戻って、それで朝平気な顔で編集者に会って会食していたことになる。
加えてテイトとのその後。生涯で唯一愛して、自然界のことを調べる情熱を共有したいたった一人の相手にも隠し通したわけだ。
まあただ、擬態を思わせるようなキーワードは出てなかったと思うし、この辺全部いらん想像かも。


ザリガニの鳴くところってのは何だったんだろう。それっぽい地理的な場所の描写はなかったし、そもそもザリガニすら見なかったような。あとsingが使われてたから「鳴く」より「歌う」の方がもしかしたらしっくりくる可能性も頭の片隅に置いておかないと。

ザリガニの鳴くところというのは、兄ちゃんが出ていくときに言っていたように、いざとなったときの逃げ場みたいな意味で使われてたと思う。最後のカイアの語りでも出てたけど、どんなだったかよく覚えてない。

とりあえずザリガニの生態をグクってみた。雑食で綺麗だろうが汚かろうがいろんな環境で生きれて繁殖力が高く、ゆえに結構いろんなところにいるんだと。
ピンとこないな。

というかザリガニが歌うってなんだろう。ザリガニって鳴き声的なのを発することってあるんだろうか。少なくとも俺は聞いたことはないな。
ググっても本作とか原作小説の関連のページしか出てこない。ということは本作ならではの比喩なのかな。
ザリガニの歌とか鳴き声というのは存在しない音で、そもそも本作にザリガニそのものが登場しなかった。鳥とか魚とか貝とか蛾とか蜘蛛とか様々な生き物が登場していたし蟷螂なんかも話とかイラストで登場してたけど、ザリガニは気配すらなかった。

すなわちザリガニが歌う場所というのは、存在しない音が聴こえる(あるいは聴こえそうな)くらい静かな場所だったり、瞑想に浸れるどこかを指していたのかも。特定のどこかではなくて、自分なりの場所みたいな。
もしかして湿地自体がそれ?何があっても湿地は優しく抱き止めてくれた、みたいな語りもあったし、父親とかチェイス(とか土地を調べに来た業者とか保安官とか)のせいで時に家すら安全な場所じゃなかったけど、そんな時はいつも湿地に逃げ込んだ。そこには存在しない生き物の存在しない歌声が聴こえるような、自分しか知らないそれゆえ誰も追ってこれない神秘の場所がこの『ザリガニの鳴くところ』だったのかもしれんと想像してみてる。


ぱっと見裁判とか淡々としててすぐには心に沁み込んでこないなと思ったけど、後からおもろいタイプだった。
じゅ

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