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2046 4Kレストア版のnetfilmsのレビュー・感想・評価

2046 4Kレストア版(2004年製作の映画)
4.0
 1966年香港、男は2046号室になぜだか無性に入りたがった。大家さんは彼を歓待するものの、2046号室は近々模様替えするからと、隣の2047号室をおススメするのだ。新聞記者で官能小説の作家として知られるチャウ・モーワン(トニー・レオン)が『花様年華』のチャウと同一人物であることに異論を挟む者などいないだろう。だが『花様年華』のチャウのうぶな姿とは少し変化した彼の姿に驚き、違和感を抱く。シンガポールのクラブで出会ったダンサーのルルの無残な死体の残り香がするこの部屋に魅了される男は、一晩だけ愛した女との思い出を愛す。それが官能小説家としての好奇心なのかは謎だ。『恋する惑星』での警官223号と633号。彼女との距離は0.1ミリ。そして賞味期限5月1日などウォン・カーウァイが拘泥した数字のレトリックは今作でも2046と2047という隣り合う2つの署名に縛られる。12月24日のクリスマス・イブを軸に繰り広げられる男女の恋の襞は『花様年華』の様な隣り合う2つの部屋で繰り広げられる。大家が誤魔化した明らかな事故物件の部屋にある日、バイ・リン(チャン・ツィイー)という若いダンサーが越してくる。当初はチャウの挑発的な瞳を断固拒否した彼女だったが、次第にチャウに心惹かれて行く。

 最初は拒絶するものの、やがて心惹かれて行くバイのキャラクターは、『欲望の翼』や『花様年華』のスー・リーチェン(マギー・チャン)を彷彿とさせる。いや、チャウ・モーワンは未だにかつて愛したスー・リーチェンに縛られている。今作の冒頭に登場する奇妙な穴のオブジェは、彼が人には言えぬ「秘密」を吐き出したアンコールワットの壁穴とも奇妙な符号を見せる。タク(木村拓哉)がwjw1967と記名されたアンドロイドに囁く愛の言葉はなぜか、『花様年華』のチャウと同じ心境なのだ。現世で大家の長女であるワン・ジンウェン(フェイ・ウォン)に呟く情熱的な言葉は日本人に差別感情がある香港の大家に咎められる。それゆえ姉妹は互いに父の伺い知らぬところへと逃避行する。チャウの兄的な憧憬に見初められたバイはそれゆえにチャウにのめり込んでいく。アパートで繰り広げられる昼も夜もない恋人たちの秘め事は熱を帯び、男女は互いに深く依存して行くのだが、スー・リーチェンの面影に縛られたチャウだけは正気を維持する。ギャンブルに明け暮れ、借金を抱えた男は二重三重の苦しみに縛られるものの、いつも左手に黒手袋をした賭博師の女にすんでの所で救われるのだ。実は、彼女の本名は、チャウがかつて愛した女と同じ名前をしているのだ。

 数字的なレトリックと、登場人物たちの名前とが奇妙な符号を見せる今作は、ある意味これまでのウォン・カーウァイ映画の集大成と言っていい。狭い廊下と隣り合う部屋同士で繰り広げられる物語は、かつて愛した人々の面影を仄かに残す。奇跡のような永遠のような一瞬はもはやここにはない。あの日あの時愛する人に抱いた幸福な感情を登場人物たちはノスタルジーのうちに思い出す。一瞬のような永遠は永遠の様だった一瞬を切り取り、不意にあの頃が思い出される。すれ違う時空を連想する物語は、同じ空間にドラマチックに登場人物たちを結ぶものの、決定的に時間軸がずれている。国際マーケットを意識したウォン・カーウァイ×クリストファー・ドイルのカメラはこれまでで一番凡庸に見えるものの、『欲望の翼』、『花様年華』と続いた彼のキャリアを丁寧に紡いで行く。ウォン・カーウァイのフィルモグラフィにとってある意味過渡期を迎える様な重要な作品である。
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