らんらん

マルセル 靴をはいた小さな貝のらんらんのレビュー・感想・評価

4.7
「貝は20匹以上で生活するものなんだ。でも今は2匹だけ。おばあちゃんのコニーと二人暮らしだ」

監督のディーン・フライシャー・キャンプはドキュメンタリー志向だったそうで、本作も、奇想天外なストップモーションアニメと実写がくっついたモキュメンタリー。

このファンタジー設定やキャラクターを受け入れられるかが運命の分かれ目だけど、私はとても好きだった。90分という短さもあり、時々見返したくなるような作品だった。アマプラにて。

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ドキュメンタリー作家と対象という距離感が基本的には守られており、また同居人でありながら、次第に友人となる緩やかな変化も心地よい。
言葉の応酬も楽しい。
コメディアンであり女優のジェニー・スレイトがふと発した「マルセル喋り」のジョークがキャラクター創造の発端だと言う。2010年のこと。その後幾つかの局面を経て本作制作へと至る。

メイキングも気になるが、公式サイトによれば「音声収録→実写→ストップモーションアニメ、CG」の順番で撮影し重ねたそうだ。手持ちカメラのブレなども忠実にアニメパートで再現され、全く違和感がなくて驚くばかり。

友人となる映像作家を監督自身が演じ、マルセルは先述のジェニー・スレイト。祖母コニーはなんとイザベラ・ロッセリーニ、何とも心地よい声と喋り口。

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心に残ったことが二つある。

一つは、特に後半に畳みかける珠玉のフレーズ。言葉。
因みに劇中マルセルが歌うのは、イーグルスの「Peaceful Easy Feeling」、ロッセリーニの朗読による詩は、英国詩人フィリップ・ラーキンの「The trees」からとのこと。(旅するランナーさんと開明獣さんのレビューを参照させていただきました。ありがとうございました!)

「家でパーティーした時、こんな経験ない?
 一番気が休まるのは_
 別の部屋でパーティーの音を聞いてる時だ
 周りに大勢いることで、安心して休めるんだ」

開かれた孤独とでも言うんだろうか。
この台詞はおそらくラストシーンと連動するのだろうが、小さなマルセルに個の在り方を感じ、ラストではマクロな世界との繋がり方に気づかされる。

二つ目は、拡大された日常の美しさ。
体長2.5cmのマルセルに焦点を合わせることで、家の細部や生活の痕跡が極端にクローズアップされる。
例えば窓の雨跡、糸くず、ちぎれたパンの断面、脱ぎ捨てられた服や布地のたわみ、質感、棚の奥の埃。
こんなドキュメンタリー的側面が、太陽光による採光も相まって、物珍しくも、美しく見える。
(ファンタジー的側面となる、貝達の生活の工夫も楽しいけれど)
過去を語る等、時間に対する言及が美化に一役買っているのも見逃せない。

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中古住宅のAirbnbが舞台。小さな貝が暮らす小さな世界と、映画作家ディーンの世界、メディアを通した全米を巻き込むストーリー、という重ね方も楽しかった。


第95回アカデミー賞長編アニメーション賞、ノミネート。受賞はギレルモ・デル・トロ『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』。
他にニューヨーク映画批評家協会賞アニメ映画賞、アニー賞3部門などを受賞。
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