くまちゃん

劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

前作は復活記念のファンムービー要素が強く、展開も目まぐるしかったが、今作は従来のシティーハンターに極力自然な
形で時代を踏襲し、アニメ映画としては落ち着いた印象がある。原作の重要アイテム「エンジェルダスト」、冴羽獠の過去を知る「海原神」。この2つの要素は非常に魅力的であり、作品ファンは必ず興味を持つ。しかしそこに頼りすぎている節があり必要以上に期待値を上げてしまった結果物足りなさが残ってしまった。格好良いアダルティでハードボイルドな冴羽獠をもっと見たかった。可愛い海坊主をもっと堪能したかった。

「シティーハンター」にはコメディとシリアスの黄金比が存在する。身体、もしくは状況がふざけてるのに顔だけハードボイルドといったことも少なくない。視聴者の処理が追いつかないペースで部分的または全体的に笑いと格好良さを両立させてくる。だからこそ飽きずに見入ってしまうのだ。そのバランスが崩れた瞬間、著しく見づらくなってしまう。獠のセクハラギャグパートが冗長で退屈に感じるのもそのためだろう。

成人女性の依頼人にちょっかいを出す獠への100tハンマーによる香の天誅は作中のお約束場面となっている。
以前ならこれは獠の毒牙から依頼人を守りたい反面、嫉妬心からの複雑な心情が過激な方法に顕れているのだと思っていた。しかし令和の時代に獠の過剰なセクハラ行為は決して看過されるものではなく、二枚目だからと許容できるものでもない。そこで香の存在がテンプレ以上に必須な存在となる。
香の鉄拳制裁。ハンマーやら鉄球やら簀巻きやらで獠のセクハラを未然に防ぐことでいくらかの火消しの役割を担う。彼女はシティーハンターの相棒として依頼の仲介や経理だけではなくメディアやファン、時代に対する危機管理担当でもあるのだ。

アンジーは獠の発する「もっこり」なる言葉の意味を理解できないでいた。作中、異性への性的な意味を包括する万能ワードであり、これを性格に訳せた国はないと言われている。だが香は「素敵な女性」の事だとアンジーに教える。これは広義においては的確な言い換えだと言えるだろう。

獠はかつて飛行機事故により両親を失った。物心もつかない幼少時、たった1人中米の密林に放り出されたのだ。そこを反政府ゲリラ組織でトップクラスの腕を持つ日系人、海原神に拾われた。「リョウ」としか覚えていなかった少年に冴羽獠という名を与えたのも彼である。ゲリラ部隊の中で育てられ、鍛えられた獠は圧倒的戦闘力を誇る立派な兵士へと成長した。しかし長期化する内戦は熾烈を極め、海原の精神を狂気が支配していった。そして獠は海原によりエンジェルダストを投与された。
獠は戦闘マシンとなり、政府側の部隊を単独で壊滅させるほどの戦果をあげる。この部隊を指揮していたのが海坊主であり、この戦闘による負傷で弱視となった。結局内戦は政府側が勝利し、ゲリラは解散となる。その間獠はエンジェルダストの禁断症状に苦しみ生死の境を彷徨っていた。
獠はその後、海原と共に自身を育ててくれたゲリラ仲間と渡米し裏稼業を始める。これがシティーハンターの起点となる。今作でピラルクーが獠をエンジェルダストに呑まれなかった男と評しているのはそういった理由からだ。

エンジェルダストは幻覚剤の一種であり、これを投与されたものは人間離れした怪力と運動能力を発揮し、銃弾にも屈しない文字通りの不死身と化す。
エンジェルダストと呼称される薬物は実際に存在する。静脈注射により効果を発揮するフェンサイクリジンという解離性麻酔薬であり、副作用として妄想や突発的な暴力行動が確認されている。

今作ではエンジェルダストはナノマシン技術によって強化された改良型ADMと改良前の従来型が登場する。従来型とは第1世代のものより性能が落ちていると説明されており、第1世代とは原作に登場したものがそうだろう。エスパーダが使用しているのは従来型であるため、獠やアンジーが打たれたものより性能が劣っている。決してエスパーダが弱い訳では無い。

原作で槇村はエンジェルダストとユニオン・テオーペに殺害されたが、アニメでは犯罪組織赤いペガサスの依頼を断ったため殺された。
今作でユニオン・テオーペは赤いペガサスの上位組織である事が明かされており原作とアニメの異なる設定がうまく繋がっている。

キャストに関してオリジナルが続投しているのは嬉しい限りではあるが、やはり老齢ということもあり発話のスピードが落ちているのが気になってしまう。ゲストキャラクターを比較的若い面々が演じているため相対的にどうしても声から年齢が感じ取れてしまう。
フランスでの実写映画「シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション」では獠を山寺宏一、香を沢城みゆきが吹き替えていた。山寺宏一は前作を含め若手時代から度々同作シリーズに出演しており、今作では沢城みゆきがメインヴィランに選ばれたのはある意味必然のような気がする。キャスティングを見た時の安心感が異常なのだ。関智一と木村昴もスネ夫とジャイアンとはまた違った相性の良さを見せつけ、全体的に外画の吹き替えに近い印象を与える。

ユニオン・テオーペの暗殺チームウエットワークスは総帥メイヨールの命によりアノーニモ抹殺に動き出す。アノーニモはアンジーの組織内での呼び名である。
アノーニモに敵意を向けるエスパーダと異なりピラルクーは思慮深くアノーニモにも寄り添おうとする。男女の事だ。彼らに恋愛感情があるのではと勘繰りたくなる所だがそれはピラルクーとエスパーダ2人の場面を見れば即座に否定されるだろう。ピラルクーとエスパーダは異様に仲が良い。エスパーダの口元のナルトを取ってあげるピラルクー。このブロマンスな一面からピラルクーの人柄の良さ、寛容さ、面倒見の良さが垣間見れる。ピラルクーは同じようにアノーニモの事も仲間として同志として大切に思っているのだ。命令とあらば仲間でも殺害する。その言葉とは裏腹に冷徹になりきれない人間味が彼の魅力といえ、それは冴羽獠とも通ずる。

アンジーは海外の動画制作者で逃げた愛猫探しの依頼に冴羽商事を訪れる。だがその正体はウエットワークスの一員だった。
アンジーは戦闘にエンジェルダストを使用する仲間に対し、常にその危険性を訴え、唯一エンジェルダストを使用しなかった。ナノマシン技術によって改良されたエンジェルダストは「ADM」と呼ばれ、その危険な薬物を葬ろうとしたためアンジーはかつての仲間に追われる身となった。
アンジーがシャワーを浴びる場面では、筋骨隆々とした後ろ姿が映し出される。女性にしては発達しすぎた僧帽筋、大円筋、広背筋は彼女が只者ではないことを物語っている。体に残った傷跡が気にならないぐらいの説得力。ひと目で分かる。彼女は強いと。
獠に嘘の依頼で近づいたのは自身で獠を倒すためだった。獠を殺すため依頼人を装い接近する女性は今まで幾度となく登場した。その中でもアンジーが特別なのは海原の存在があるからだ。
アンジーは獠に嫉妬していた。内戦で孤児となり海原に拾われた。そして兵士として育てられた。その過去は獠と重なるが、決定的に異なるのは海原の精神状態にある。アンジーは海原を父のように慕っていたが、海原はアンジーを娘ではなく兵士として見ていたのだろう。獠に対しては実の息子のように温かい眼差しを向けていた。アンジーはそれに嫉妬したのだ。自分に向けられることのなかった海原の優しさに対して。組織での名前アノーニモ。それはラテン語で名無しを意味する。名を与えられた冴羽獠。自分には名前がない。この実存的コンプレックスはアンジーを追い詰めた。そして二人は対峙する。互いに向き合うコルトパイソンの銃口は確実に相手を捉えている。獠を倒し、海原に認められなければ自分を肯定できない。極度の愛着障害。それはアンジーの育った環境の過酷さを物語る。手心を加えることのできない相手。それは強敵の証。だが我々は知っている。涼しい顔をして獠が勝つことを。アンジーは敗けた。これが海原神の最高傑作なのかと。改めて目の前の男、シティーハンターの強さを実感する。その時、後方でライフルが放たれた。射出されたのは弾丸ではない。「ADM」が引き締まったアンジーの背中に突き刺さる。今まで忌避してきた悪魔の薬物エンジェルダスト。身体の芯から引き出される高揚感と感じたことのない肉体の変化。人の心を残した暗殺者は、完璧なる殺人マシンへと変容した。かつての獠や後のミック・エンジェルのように。そのパワー。まさに圧倒的。
獠の放つ弾丸はアンジーの身体に突き刺さる。しかしその全てが身体から押し出された。これはおそらく筋肉の収縮により異物を跳ね飛ばしているのだろう。全く同じ芸当ができる人物を1人知っている。海坊主である。彼は頑強な筋肉により38口径以下の弾なら筋肉の収縮で体外へ排出できる。だがコルトパイソンは貫通力があり、アンジーは海坊主ほど肉体が大きくない。これは筋肉の質がそもそも異なる事を示し、エンジェルダストによってあの細身で海坊主をも凌ぐ筋力が備わったのだ。動体視力も発達し、獠の一挙一動がスローモーションに見える。これほど血に塗れる獠は珍しい。海坊主と決闘した時以来ではないか。
香は叫ぶ、アンジーを楽にしてあげてと。血煙が吹き荒れる戦場にこだまする悲痛。香は優しい。獠を想いながらもアンジーの身も案じる。香は獠やアンジーと似た孤独を抱えている。かつてとある殺人犯が警察の追走を受け事故死した。その追っていた警察官は槇村秀幸の父親であり亡くなった殺人犯の娘が香であった。乳児だった香は槇村家に引き取られ育てられた。本人は槇村と血の繋がりがないことに気づいている。が、それは重要ではない。槇村は親代わりとして兄として自分を育ててくれた。血は繋がっていなくともその優しさは紛れもない槇村家のものだ。この戦いを見届けなくてはならない。辛い胸中を抑圧しながらシティーハンターのパートナーとしての覚悟をのぞかせる芯の強さは兄、秀幸譲りだ。彼女は叫びながら見据える。勝敗の行方を。
崩壊する階段とともに転落するアンジー。だが彼女にとってそれは小石に躓いた程度のダメージでしかない。上には獠下にはアンジー。TV版第1作32話のマイケル・ガーラント戦を彷彿とさせる構図。獠は脱力し飛び降りる。銃を構えながら。アンジーは繰り返し発砲するが当たらない。マイケル・ガーラントは言っていた。頭上から落下するものを仕留めるのは銃の名手でも難しいと。能力が強化されたアンジーは落下する獠を捉えられたはずだ。しかし弾丸のスピードは変わらない。動体視力と筋力、銃の性能の齟齬。それは獠の反撃を許し弾丸はアンジーの胸に突き刺さる。さらにもう一発。先発の銃弾を押し込むように後発の弾を撃つ。ワンホールショット。シリーズ初期から見せる獠の十八番の神業。
見た所心臓を貫いたかのような演出がなされているが、瀕死の状態で言葉を発している所をみるに心臓ではなかったのだろうか?
終盤、アンジーの墓を訪れる獠と香。
そこにもう一人。海原である。アンジーが好きだったという花を手向けようとする海原に獠は釘を刺す。その花を置いたら撃つと。アンジーにエンジェルダストを投与し得ることができたかもしれない彼女の未来を奪った張本人。紳士的な振る舞いには不相応な狂気。海原神。その因縁がやがて幕を開けるのか。
そして映像化するなら海坊主と美樹の結婚式までを希望する。
くまちゃん

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