じゅ

哭悲/The Sadnessのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

哭悲/The Sadness(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

凄いな。これが半日というか4時間程度の出来事の話か。

朝8時半に起きて見たら隣家の屋上に血まみれで様子のおかしい婆さんが佇んでて、俊喆(ジュンジョー)が凱婷(カイティン)を駅に送った帰りに例の様子のおかしい婆さんはじめ狂気に満ちた面々に襲われる。逃げ帰ったら隣人の林(リン)さんにも襲撃されて、その場を凌いでカイティンに連絡するも返事なし。
一方でカイティンは電車の中で勃発した暴動&虐殺に巻き込まれ、台湾大学病院に逃げ込む。ようやく映ったテレビの国営放送は将軍が総統の口に手榴弾を突っ込んで頭を爆破して打ち切り。ここまでで11時過ぎくらいだから3時間弱。
暴動の元凶とされるアルヴィンウィルスに侵された感染者の集団が病院に突入し、院内は一気に殺戮ショーと乱行パーティの場に。電話でジュンジョーに居場所を伝えた後、感染者に追われるも不意打ちで殺し、翁彰良(ウォン・ジャンリアン)博士に助けられる。救助隊が来るとのことでヘリポートへ向かう2人の前に立ちはだかるのは、病院へ向かう途中でウィルスに感染・発症したジュンジョー。相打った博士とジュンジョーを置いてヘリポートに出たカイティンを迎えたのは銃弾の雨。博士のスマホの時計が12:25を指していたので、さらにここまで1時間ちょっとくらい。


嗚呼純情なジュンジョー。彼が最期にカイティンに言った「だから必ず迎えに行くと思った。君のそばにいようと。」からの「それから・・・君の胸を切り落として顔をグチャグチャにしたい。」を挟んだ「君が必要なんだ。俺の愛がわかるか。君を心から愛してる。」は本当に素敵だった。もちろん目を見開いて笑う死顔のラストカットも。

カイティンも、愛する人と狂人との狭間にいるジュンジョーがなんやかんや言ってるところを見て、声を上げて泣いてるのから笑ってるかんじになってくのめっちゃ良かった。
1/90〜1/80だかの抗体持ちというのは本当だったんだろうか。ジュンジョーのところを離れてからヘリポートに向かう一瞬のところで発症したからヘリの部隊に蜂の巣にされたんじゃないか。


ウィルス学が専門のウォン博士は、アルヴィンウィルスの危険性をいち早く察知して1年前から情報発信をしていたとのこと。彼曰く、大脳の辺縁系をどうにかして攻撃欲やら食欲やら性欲やらを抑えられないようにしてしまうんだとか。タンパク質内に狂犬病ウィルスに酷似したものが休止していて、ウィルスが変異したことでどうのこうの。何のこっちゃ。
「攻撃欲」って本作の字幕で初めて聞いたけど、そういうのあるのかな?そこはまあなんとなく聞き流しておけばいいところか。

大脳辺縁系というのが俺は聞き慣れないのだけど、ググってみてもなんかいろんな病院とかのサイトで構成の説明にばらつきがある感じがする。
とりあえず、記憶とか情動の機能を持っているというような記述はだいたいどこを見ても共通していそう。コトバンクの説明だと「機能的には記憶,情動・動因,嗅覚に関連する処理やホメオスタシスの調整の役割を担っている」。ホメオスタシスとは「外界がたえず変化していたとしても、体内の状態(体温・血液量・血液成分など)を一定に維持できる能力のこと」。ググって一番上に出たせたがや内科・神経内科クリニックの記載をコピペ。
なんにせよつまり情動の部分をバグらせるのがこのアルヴィンウィルスですよ、と。

狂犬病にヒトが罹ったときの症状は、厚労省のサイトから丸々転写すると、以下の通り。
・前駆期:発熱、食欲不振、咬傷部位の痛みや掻痒感
・急性神経症状期:不安感、恐水及び恐風症状、興奮性、麻痺、幻覚、精神錯乱などの神経症状
・昏睡期:昏睡(呼吸障害によりほぼ100%が死亡)
感染経路は
「狂犬病にかかった動物(罹患動物。アジアでは主にイヌ)に咬まれた部位から、唾液に含まれるウイルスが侵入。通常、ヒトからヒトに感染することはなく、感染した患者から感染が拡大することはない。」
だそう。改めて調べてみると普通に症状とか知らないものがあるもんだな。
狂犬病ウィルスは主に脳幹とか海馬、視床に感染するという旨の記述が中外医学社のClinical Neuroscienceの『神経感染症の分類』っていう資料にあった。正式な資料名は知らん。海馬なんかは辺縁系の一部か。
へーってかんじ。

そんな辺縁系をブッ壊す狂犬病に似たウィルスが広まり始めているのを、経済活動を止めたら選挙に響くから政治屋が対策を怠って結果えらいことになった、というのが本作。こんなところにも新型コロナの影響が活きてたとは。


現実の話は置いといて、本作を観ながら個人的に気になった点をいくつか。

まず、なぜ感染者(発症者と言うべき?)は積極的に残虐なことをしたがる感染者同士でやり合わず、非感染者をわざわざ追っかけ回して襲うのか。
これはまあ、ウォン博士が言っていた通りのことか。つまり、ものすごいサディズムにより相手が恐怖を感じるほど快感を覚える。だから、縛ってバットで殴打されて有刺鉄線を巻いた柱に股間をぶつけられてイきかける変態になり果てた感染者より、人体の破壊にはちゃんと恐怖をあらわにする常人の方が襲い甲斐があるってなもんか。

それと、発症の引き金になる何かがあったように見えた。どうなんだろう。
辺縁系とやらが狂って理性のタガが外れた以外は普通の人間のままだから、心の奥の罪悪感で涙を流すとのことで、それを指して『哭悲/The Sadness』かなと思ったけど、それだけじゃないのかも。というか字幕を付けるときにちょうどいい日本語がなかった可能性ももしかしたらあるのかもしれんけど、罪悪感ってguiltなんちゃらだからsadnessとは別物な気がするんだよな。
もしかしたら、sadnessが発症の引き金になっていたんじゃないかとか想像してる。だいたいみんな発症済みで登場してたけど、傘おじなんかはよく電車で見かける美人さんであるカイティンに意を決して話しかけてみたらめっちゃ嫌悪された後に発症していたり。
仮にそうだったとして、ジュンジョーが最初に発症しかけたのってカイティンにようやく電話が通じたときだったけど、あの時ジュンジョーは「必ず迎えに行く」とか言いながらカイティンのひどく怯えた様子の声を聞いてもうダメかもとか思ってたのかも。カイティンも最終的に発症してたとしたら明らかにその始まりはもうあっち側に行ってしまったジュンジョーを目の当たりにしたときだったし、互いに互いが引き金になってるんだよな。なんと胸を打つ愛の物語よ。


ところで、傘おじは早々に斧おじに進化したわけだけど、その後消火器カイティンの渾身の不意打ちで跡形もなく頭を潰されて死んだ。このとき返り血(本作大盤振舞いの返り血)でカイティンの全身が隈なく赤黒くなったけど、ウォン博士に避難場所に招き入れられたときにちらっと覗いた血を浴びてない大腿がなんか良かったんだよな。
これが何年か前の言い方でいう絶対領域ってやつなのか。

それにしても斧おじ、「おまえも俺と同じ人殺しの変態だ」だっけ。そんなこと言われましても、こちとらおまえらと違って必要に迫られてやってるんよ...。確かに画面の前の俺も、そこで止めたらどうせまた立ち上がるからもう何回か消火器振り下ろせ!とか思ってたけど、気持ちとしてはカイティン側よ。
とは言っても、ジュンジョーが言った「顔をグチャグチャにしたい」を現にカイティンが先取りしたし、総統爆破放送の後あんまし脈略なく非感染者同士で殴り合いの喧嘩にもなってたし、ウォン博士は抗体を探し求めて病院に残された新生児にウィルスを打って発症したら殺してを繰り返した挙句死ぬ間際に殺すのは快感だったってぶっちゃけてたし、感染者も非感染者も一緒だろみたいなノリはやっぱりあったかなあ。

あ、というか新生児も発症してたってことはsadness引金説はナシか。
厚労省が出してる『お母さんと子どものコミュニケーションのために -0〜3歳までのお子さんのお母さんへのヒント集-』の内容だと、新生児の時点では「興奮」っていう情緒しかなくて、3ヶ月くらいでようやく「興奮」「快」「不快」の3つに分化するんだそう。病院でウォン博士が人体実験に使っていたのって、たぶんまだ「興奮」くらいしか持ってない新生児よな。
まあでもsadnessを含む強烈な感情が発症の引き金になっていたという可能性は残るのかな。だとすればそれはそれでジュンジョーとカイティンが互いに互いの強烈な感情を呼び起こしたと思うとなんともエモい。ジュンジョーはリンさんに指ちょんぱされたり感染者が彷徨く死屍累々の街中を命からがら原付で駆けずり回ったり感染者の集団に囲まれたりしたし、カイティンは電車という密室での殺戮にわけわからんまま巻き込まれたり倒れそうな怪我人を抱えてたった2人で死ぬ思いで傘おじから逃げたりその末にシャッターを閉められて袋のネズミになりかけたり斧おじ相手でも初めてであろう殺人に手を染めたし、強烈な感情に染まる場面なんていくらでもあったのに、互いを失うことが一番強烈な感情を呼び起こしたのかな。なんと胸を打つ愛の物語よ。
じゅ

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