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島守の塔のKUBOのレビュー・感想・評価

島守の塔(2022年製作の映画)
4.5
「命どぅ宝、生きぬけ!」

『島守の塔』素晴らしい作品だった。沖縄に関心がある人はもちろんだが、沖縄戦のことをよく知らない人にこそ見てもらいたい傑作である。

沖縄戦を描いた映画は多々あれど、その多くは軍中心に描かれた戦争映画だ。それに対して、本作は、沖縄県知事「島田叡」と警察部長「荒井退造」の2人を軸に、日本は神国と信じて疑わない沖縄人女性、看護兵として働く女学生、新聞記者といった、行政と民間の目から見た沖縄戦を描いている。

冒頭、旧盆やかじまやー祝いの準備で幸せそうな家族に、津波信一や城間やよい、吉田妙子の姿もあって、沖縄好きにはちょっとうれしいのだが、この家の上に米軍機が現れたところから物語が始まる。

構成としては、アメリカ軍の記録フィルムを挟みながら、沖縄戦へと向かう太平洋戦争の流れから丁寧に描いているので、ともすると総集編的な薄い映画になりがちだが、大切なところだけを上手く繋いで、沖縄戦で起こったことや人々の気持ちをしっかりと伝える編集がたいへん素晴らしい。

「対馬丸事件」(『対馬丸 —さようなら沖繩—』)
「硫黄島の戦い」(『硫黄島からの手紙』『父親たちの星条旗』)
「鉄血勤皇隊」(『沖縄スパイ戦史』)

すでに知っている人たちは自然に補完しながら見ていけるが、「対馬丸」というワードを聞いただけで涙が出てしまう。

女性と子供と老人を除く全ての男子が徴兵される。今のウクライナと同じだ。いや、学徒動員されるわけだから、沖縄の方がひどい。少年たちも「鉄血勤皇隊」として戦わされたのだ。

本作で初めていろいろなことを知った人たちには、それぞれに特化した映画などもあるので、ぜひ深く知ってもらいたい。

本作で注目したのは吉岡里帆演じる比嘉凛というキャラクターだ。「日本は神国だ。必ず神風が吹く。」と信じて止まない。当時はこんな人間がいっぱいいたことだろう。

吉岡里帆は五十嵐監督から「教育されたことを信じきっていて、周りから見たら怖いくらいに演じてほしい」と言われたそうだ。教育によって、人はこんなにも戦争に前のめりになってしまう、そういう部分を担ってほしいと。

最近の映画では、戦時中に天皇や軍部に懐疑的な意見を言う人物がよく出てくるが、実際にはこの比嘉凛のような人間が大多数だったはずだ。そこを本作では誤魔化さずに正面から描いているところに監督の思いが伝わる。

教育はひとつ間違えば恐ろしいのだ。

だからこそ、ラストシーンでの比嘉凛の心の中がもう少しわからなかったのが、ただひとつ残念だったことだったのだが、それは帰宅後パンフレットを読んで納得することができた。

この比嘉凛のモデルになった女性は、自決しようとする自分に「生きろ」と島田に言われたことが何年も腑に落ちなかったのだそうだ。国のために戦っているのに、なぜそんなことを言うのか、傷ついたと。それがだんだんわかっていって、戦争が終わってから自分が受けた教育とは違う人生にシフトしていくことに戸惑いの時間が何年もあったのだと。

本当はそここそ描いて欲しかった気もするのだが、それを描いていると比嘉凛の映画として一本できてしまう。民間人の目を通した群像劇としてはやむを得ないところか。

そして、その長い年月を経て、ついに島田の御霊に手を合わせにくるのが、比嘉凛の晩年を演じる香川京子さん! 吉岡里帆から自然につながって見えて、とても感動した。

「現在、ウクライナで戦争が起こっていますが、製鉄所の地下で息をひそめるウクライナの人々がガマの中の沖縄の人々とダブってしまいます。過去の歴史に何一つ学んでいない人間の愚かしさと悲しさを思います。」

本作を監督した五十嵐匠さんの言葉だ。

終戦の年、米軍が沖縄に近づいているという昭和45年1月に沖縄県知事として家族を内地に残して沖縄へ渡った男の物語。島田が「命どぅ宝」と言って消息を絶った日が6月23日。そう「慰霊の日」だ。今、島田と荒井の終焉の地、摩文仁の丘には「島守の塔」が立つ。

できれば、なんとなくしか沖縄を知らない日本人全員に見てほしい。泣ける映画なんて陳腐なものではないけれど、絶対に泣いてしまう、そんな哀しくも必見の作品です。



*ただ一つの疑問は「集団自決」のことだけは描いていない。これに関する軍部の関与ももちろん出てこない。ここだけは何かに忖度したのか?
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