Hiroki

ショーイング・アップのHirokiのレビュー・感想・評価

ショーイング・アップ(2023年製作の映画)
4.3
相変わらず日本一遅いのではないかという2023年間ベスト作成ですが今作も含めてあと2作品だけ目をつぶっていただければ。
次の作品レビューで完成します。
3月中です!絶対!

ケリー・ライカートといえば現代アメリカ映像界の最重要人物と言われる映像作家で、特に女性やジェンダーを描かせたら右に出る者はいないクリエイター。
そんな彼女が今回選んだテーマは“アーティスト”でした。
『アメリカン・フィクション』とか『落下の解剖学』とか『瞳をとじて』とか最近創作に関するお話が多いですね。
まーライカート自身が映画監督というよりはアーティストとか職人的な位置に近い人なので、自分の経験を反映させたお話なのかなーと思ったら、カナダの画家エミリー・カーを題材にしようとシナリオハンティングしに行く過程での出来事が元になっているらしい。
大家になると安定した収入で創作に打ち込める、家族の危機によって鳴り止まない電話など本当にある話をベースに作られている。
こーいう身近な出来事から着想して膨らませていくのはいかにもライカート。

内容的にこの物語を観て最初に感じたのはこれは『悪の華』なんだという感触。

「愚かなしでかし 過ち間違い 罪も犯すし 欲は深い
頭の中はそればかり なぜかついついしたくなる
いけないいけないと思っても それがどんどん大きくなる
まるで汚いあいつらが身体に蚤を増やすみたい」

“近代詩の父”と謳われるフランスの詩人シャルル・ボードレール『悪の華』の序文。
フランスで、世界で最も有名な詩集かもしれない。
この詩では人間の内側に巣食う“悪”というモノを描いている。
世界を善と悪という二元的に語るなら、“善”は常に普遍的で画一的で最終的にはひとつの価値観へと帰っていく。
対して“悪”は特殊で個性的でいくつもの多様な道が開けている。あなたが知っているヴィラン(とそのヒーロー)をいくつか思い出してもらえればわかりやすいかもしれない。
善が何かを維持する力に長けているなら、悪は何かを変化させる。
善がマジョリティという価値観なら、悪はマイノリティという価値観を備えている。
ボードレールは初めこの詩集に『レスボス』というタイトルを付けようとしていた。“レスボス”とはギリシアにあるレズビアンの語源になったといわれる島。(ちなみに中の一篇に同名の長編詩がある。)
彼が生きていた19世紀のフランスでは同性愛は禁忌だった。それは同性愛者が子供を産まず刹那的な欲求に従い生産性が無い逆賊だと考えられていたから。
彼はそんな愛の形に、自らが生み出す“詩”という何の生産性の無い芸術を重ねていた。
ボードレールとか悪の華について書いたら朝になってしまうので終わりにするけど、今作の主人公リジー(ミシェル・ウィリアムズ)を見ているとこの詩が頭に思い浮かぶ。

リジーは非常に高慢な人間に見える。
多少なりとも周囲の人への当たりも強いので傲慢とも言える。
彼女が命を賭ける芸術作品。
そのためにたくさんの代償を払ってきた。
芸術という分野における至高を目指すなら、当然マジョリティの選択をしていてはダメ。
あの美しい陶器の像を作れば作るほど、彼女から道徳や親切心や協調性が削げ落ちていく感覚。
ただ彼女を思い止まらせるモノもある。
それは象徴的な鳩でもあり、兄の存在でもある。
その微妙なラインで蠢くリジー。
やはり最後の鳩の旅立ちは解放に思えた。
あらゆるモノから一瞬で解放され、でもまた明日から日常は続く。
母は話を聞いてくれないし、父の家には謎の人物が棲みついてるし、シャワーはたぶん出ない。
そしてたまに失敗しながらいくつもあの美しい陶器の像を作っていく。
それで良いし、それが良い。
あまりにケリー・ライカートすぎてグッとくる。

あともう一つは芸術というモノへの向き合い方。
これはライカートがインタビューで話していたのだけど、
「マジカルな思考なんてものは幻想で、私たち作り手はただただ日々練習を重ねて、良いものを作れるようにコツコツと極めていくだけ。」
この類の話を聞くと私はリン・マヌエル=ミランダ『Tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!』と庵野秀明のシンエヴァのエピソードを思い出す。
チック、チック〜の劇中でジョナサン・ラーソン(ミュージカル『RENT』の生みの親)は8年を費やして作ったミュージカルが制作に至らなかった時エージェントに「僕はどーしたらいいんだ?」と尋ねる。そこでエージェントが言ったのは「次の作品を書く。終わったらまた次の作品を。鉛筆を削り始めなさい。」
庵野秀明が脚本に10年を費やしてやっと完成した試写会でスクリーンの前に彼はいなかった。試写室の隣の誰もいない机で次の作品の作業をしている。
「もーあの作品は終わったから次の準備しないと。」
アーティストと呼ばれる人たちは決して私たちが見ている晴れやかな舞台ばかりではなく、いやむしろそんなものはほんのわずかに過ぎなくて、作品を完成させるために毎日コツコツと積み重ねていく。
シャワーのお湯が出なくても、好きなテレビが映らなくなっても、好きでも無い鳥の世話をしなくてはいけなくなっても、それでも毎日少しずつ積み上げていく。
それこそがアーティストがやるべき事。
この映画に出てくる数多のアート作品ひとつひとつにそーいうアーティストの積み重ねがあると思うと、涙が出てくる。

キャスト的にはミシェル・ウィリアムズはもちろん大家でありライバル役のホン・チャウが良い味出してる。
最近は『アステロイド・シティ』『ザ・ホエール』など有名監督の作品に出演が続いているので今後注目。

もーなによりケリー・ライカートが映画館で観れた事に感動しかない!
次回作もU-NEXTさんぜひお願いします!

2024-11
Hiroki

Hiroki