ペイン

別れる決心のペインのレビュー・感想・評価

別れる決心(2022年製作の映画)
4.3
今年の劇場初めはパク・チャヌク新作。

私がこのところ集中的に観ていたダグラス・サーク監督作品的メロドラマの型を借りた歪な不条理劇といったところだろうか。

そのキャラクター設定や突飛なCG使い、高低差を巧みに活かした演出や、すっとぼけた間の抜けた笑いと変則的なカメラアングル等は私の好きな『渇き』と特に連続するものがありニヤリ😎またヒッチコック以上にその影響下のブライアン・デ・パルマといった趣がある。

実際『渇き』のソン・ガンンホ演じる神父も、『別れる決心』のパク・ヘイル演じる刑事も、主人公は「善なる職業」であり、ところが“ある決定的な出会い”によって、本来の自分の意図とは全然違う方向へ誘われていくという話の構造。

とはいえ監督本人も今回はインタビューで、"今までのパク・チャヌクの作品”を期待して観た人の中にはがっかりする人もいるんじゃないかというようなことを言っていた通り、これまでのパク・チャヌク監督作品と比べると"一見"直接的な表現を避けているが故にいつもの"チャヌク味が薄い"と感じる層がいるのもわかる。ただそれとは逆にこれまで以上に映画的としか言い様のない“ニュアンス"の美学、"ポエジー"が色濃く表出してもいるのが本作である。

パク・チャヌク作品は、『親切なクムジャさん』から脚本に女性のチョン・ソギョンさんが加わったことで、『オールド・ボーイ』までの男性性の強い作風から、ある種女性優位なフェミニズム的色味が強くなったように思う。その意味でも本作『別れる決心』は"チャヌク女性時代"の沸点とも言える作品かもしれない。

実際『オールド・ボーイ』をはじめとする復讐三部作は苦手だけれど、『渇き』から『イノセント・ガーデン』『お嬢さん』『別れる決心』にかけては好き!という女性映画ファンは多いように思う。

また『ロング・デイズ・ジャーニー』でのファム・ファタールぶりも記憶に新しい、ヒロインのタン・ウェイさんの、場面ごとにまるで違う印象を与える七変化ぶりにはうっとりで、主演のパク・ヘイルさん(※私に雰囲気が少し似ているとかw)の"僕は完全に崩壊しました"は今年のシネマ流行語大賞候補!笑。そのパク・ヘイルさん演じる刑事の、鬱になって"崩壊"したり、魔性のヒロインからの翻弄され具合には、個人的にとてもシンパシーを感じました(笑)

そしてこれまた監督インタビューによると「今回の映画は登場人物が自分の感情を抑えるしかない、抑えざるを得ないような立場にいる人たちの物語だから、観ている人たちに登場人物の微かな表情や眼差しの変化を十分に観察してもらえるような映画にする必要があった」とのことで、時代の変化に合わせて暴力的な表現や性的な表現を抑えたということではないようだ。まぁでもともすれば度々噂になっていたS・クレイグ・ザラー脚本のバイオレンスウエスタン『The Brigands Of Rattleborge』の製作にもこれから期待したい辺り。

ちなみにザラーが執筆したこのウエスタン『The Brigands Of Rattleborge』の脚本は、ハリウッド業界人によって選ばれる注目脚本のリスト「ブラックリスト」(2006年度版)にランクインしており、あまりの残虐なバイオレンス描写でお蔵入り状態が続いている。主な筋書きは、激しい雷雨の機会を狙って盗みを繰り返す盗賊団に対して、とある町医者が復讐を企むというもの。

個人的に現在50代であるクエンティン・タランティーノ、パク・チャヌク、ニコラス・W・レフン、S・クレイグ・ザラーら、一癖あるバイオレンス監督たちは、影響を受けた作家(※サミュエル・フラー、アルフレッド・ヒッチコック、鈴木清順、ロマン・ポランスキー、アベル・フェラーラ等々)の傾向も非常に近く、なんとなくザックリ括って見てしまうところがある。

また、男性が山で転落し死亡するという始まり方等は、チャヌクが愛して止まない増村保造『妻は告白する』と非常に酷似しており(※監督は偶然と言っていたが)、また話の骨格やオチにも通ずるものがあるルキノ・ヴィスコンティ『ベニスに死す』のテーマ曲、"マーラーの交響曲第5番"が印象的に使われているが、これは"開き直って使った"とのこと(笑)

本作『別れる決心』の着想のモチーフが、主題歌でもある韓国歌謡「霧」(アンゲ)で、もともとはキム・スヨン監督の1967年の映画『霧』の主題歌でもあるのでこちらの作品も是非観てみたい。
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